「愛する人と触れ合えるようになる主人公を通して、生命力を取り戻してもらえたら」最新作『小鳥とリムジン』に込めた願いを小川糸さんに聞く

文芸・カルチャー

公開日:2024/10/9

「好きな人と触れ合いたい」という欲求から目を背けてはいけない

小川糸さん

――性的なものを抜きにしても、ともに生きていくことはできるんだ、という結論に着地することもできたとは思うんです。だけど小鳥が、人との出逢いを重ねてそのロックをはずしていく過程が……理夢人とちゃんと触れ合えるようになっていく姿が、読んでいてものすごく沁みました。

小川:都会に生きていると生命力が失われる、という話をしましたが、それはすなわち、人としてあたりまえの欲求を失っていくことだとも思うんですよね。食べたい、好きな人と触れ合いたい、そういうごく自然に湧き起こるはずの欲求に目をつむり、排除した生活を続けていくと、どんどん人間らしさもなくなっていってしまう。最初からそういう欲求をもたないのならばいいけれど、そうでないのなら、やはり目を背けてはいけないのだと思います。

――理夢人が小鳥の心がほどけるまで、静かに待ち続けてくれるのもよかったです。「触れたい」という自分の欲求もまっすぐ伝えるけれど「今はまだ無理」という小鳥の欲求からも目をそらさずにいてくれる。それがいちばん大事だよなあ、と。

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小川:最短距離で結論にたどりつくのは、一見合理的で、効率もよさそうだけど、長くは続かないですよね。そういうことをしないから、好きじゃないというわけじゃない。世の中は白か黒かできっぱり分けられることばかりではないし、曖昧になっていることこそ、大事にしなくちゃいけないような気もしています。そういう、本質を理解してくれている理夢人みたいな男性が、もっともっと、増えてくれるといいなと思います。

――待ってくれているからこそ、流されるのではなく、自分の意志で決断できる。未来に続く道を、自分の責任で歩むことができるんだという強さも、本作からは感じました。

小川:癒されたい、助けてほしい、と思うだけでは何も変わらない。自分の身を置く場所や視点をほんの少し変えてみるだけで、得られる何かはきっとあるはず。物語を読むというのは、そのためのイメージトレーニングにも近いのではないかと思うんですよね。生まれながらに備えた自然治癒力を取り戻していくことも、もちろん大事なんだけれど、後天的に生きる力を身につけていくことも、人生には必要。常に受け身でいられるほど生易しいものではないこの世界で、一歩踏み出す力をどうしたらもてるのか。物語から受け取ることのできる手がかりが、誰かが生きていく糧になったら嬉しいです。

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