「普通においしい」って褒めてる? 「ギャラ“感”」と言ってしまう理由は? ふかわりょうと言語学者・川添愛が気になる日本語を語り尽くす対談集

文芸・カルチャー

PR 公開日:2024/10/17

日本語界隈"
日本語界隈』(川添愛、ふかわりょう/ポプラ社)

 このレビューを読んでいるような本好きにとっては、テレビやSNS上の言葉の誤用や、聞きなれない言い回しなど、日本語の表現が気になってしまう人も多いのではないだろうか。文章を書く仕事をしている私もそのひとり。自分が正しく言葉を使えているかどうかは棚に上げて、「その日本語、どうなの?」と感じてしまうことが多々ある。そんな人が、共感と笑いと一緒に日本語の奥深さを楽しむことができるのが、本書『日本語界隈』(川添愛、ふかわりょう/ポプラ社)だ。

 お笑い芸人であり、番組MCや文筆家としても日本語と向き合ってきたふかわりょう氏と、『言語学バーリ・トゥード』で知られる気鋭の言語学者・川添愛氏が、日本語の「なぜ?」を語り合う対談をまとめた1冊。日本語の成り立ちや、曖昧な言い回しが多い理由などの「日本語の謎」から、「大丈夫です」「普通においしい」などへの違和感の正体、「エモい」「タピる」「キョドる」といった新語が定着した理由まで、両氏が日本語について気になっていることを、知識や感覚、経験を交えてとことん語り合う。

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 たとえば、日本語によくある、直接的な言い方を避けて意味を薄める表現も話題にのぼる。「私的には」「あちらのほうで」というようなよく聞く言い回しに加えて、ふかわ氏が最近、出会った言葉は「ギャラ感」だ。ある芸能マネージャーが出演料の交渉で「ところで、ギャラ感なんですけど」と話しているのを聞いたという。

日本語界隈

日本語界隈

 ふかわ氏は、話者は「ギャラはいくらでしょうか」という単刀直入な表現を避け、「感」をつけることでオブラートに包んでいると指摘。「もうじき、『ギャラみは?』って言うマネージャーが登場するかも」とも語る。川添氏は、こうした新しい言葉は日々生まれているが、語感の良さや意味とのフィット感で、多くの人に共感されたものが定着していくと説明する。そのひとつが「エモい」であり、もはや「エモい」でしか表現できない感情があるのでは、とふたりは語っている。

 言語学という学問の視点を交えた対談であるものの、ふたりの「わかる」「この言葉、好き」という個人的感覚をもとに会話が進んでいくため、楽しく読める。「夏の扉はあるけれど、冬の扉は開けたくない」という感覚や、「科学と化学(ばけがく)」「市立と私立(わたくしりつ)」など、同音異義語の片方が違う読み方で呼ばれる慣例について、「敗北したほうがまあまあいい響きをしている」「舗装されていないオフロード感がいい」と語るやりとりには、深く共感してしまった。「夕飯は焼きそばでいい」と言われるとイラっとするのに、歌詞の「(つまみは)炙ったイカでいい」はうまくいっている、というのも納得。ふたりの「わかる」をスタート地点に、「この表現はなんでイヤなのか」「この慣用句のどこが素敵なのか」などの疑問について、それぞれの立場から考えを出し合い、ふたりは気付きを得ていく。言語学的観点から答えが見つかればモヤモヤの正体がわかってスッキリするし、答えが見つからなくても、ふたりの会話をヒントに自ら考えを巡らせる読書体験が心地良い。

「ホームステイ先でもパシリなんだって?」などのふかわ氏の一言ネタを、言語学的視点から読み解く会話も興味深い。「も」は日本にいる時もパシリだったことを示し、「なんだって?」は、皆がすでにそれを知っていることを伝えるスパイスとして機能しているという。冷静なネタ分析のシュールさに笑いつつ、ネタの完成度に唸る。短い一文に、さまざまな思いを込められる日本語。たった一文字で、表情を変える日本語。響きの悪い新語を淘汰してしまう日本語。本書で明らかになるどの側面もチャーミングで、そんな日本語をもっと好きになる1冊だ。

文=川辺美希

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