「絆」という言葉が息苦しい。人には言いづらい親子関係のストレス/なぜ、愛は毒に変わってしまうのか⑤

暮らし

公開日:2024/10/28

 親を憎んでしまうのは自分のせい? なぜ子どもを束縛したくなる? こんな家族関係の悩みを人知れず抱えている方は多いのではないでしょうか。

 SNSなどで注目される「毒親」について、脳科学者・中野信子氏が鋭く迫った『なぜ、愛は毒に変わってしまうのか』をご紹介します。

 日本の殺人事件のうち55%が親族間殺人。殺人事件の件数は減っているのに家族間の憎しみが増えているのは、「家」という組織の中で一体何が起こっているのでしょうか?

  家族についての悩みはあなたのせいではありません。気鋭の脳科学者が毒親との向き合い方を解説します。

※本記事は書籍『なぜ、愛は毒に変わってしまうのか』(中野信子/ポプラ社)より一部抜粋・編集しました

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なぜ、愛は毒に変わってしまうのか
※写真はイメージです(画像提供:PIXTA)

「絆」という蹉跌

「絆」というのは美しい言葉です。なぜ、私たちは絆を美しいと感じるのでしょうか。そして美しいと感じる一方で、絆というのは(言いにくいことですが)息苦しいものでもあります。

 絆を否定することは、人間としていかがなものかと一般的には思われています。人間同士の助け合いは美しいけれども、一方で、タダより高いものはない、という世知辛い側面もあります。例えば、自分に親切にしてくれた人のことを鬱陶しく恩着せがましく迷惑だ、と思っても、なかなか周りには言い出しにくいものでしょう。

 人から受けた無償の「親切」や、家族からの「愛」が、なぜ息苦しくなってしまうのでしょうか。それをひもといていくには、絆を強める物質、オキシトシンの特徴をもう少し知っておく必要があります。

 オキシトシンは仲間を助けたり、弱い者を守ったり、子どもを育てたり、信頼を強めたりといった人間の社会的な行動をより促すもので、愛情ホルモンという呼び方をされることもある物質です。

 この特徴だけを見ると、オキシトシンとは人間性を高める良いホルモンだと多くの人が考えるでしょう。

 しかし、一方でネガティブエフェクトも知られています。それは、集団の外に対して偏見を持つようになる、というものです。集団の中の人を過剰に高く評価するけれども、よそ者に対しては不当に厳しい目を向ける。これを「外集団バイアス」といいます。文字通り自分たちと違う外の集団を低く評価する現象です。もっと簡単に言うと、よそ者は信用しないという無意識の差別感情が起きるということです。

家族がつらい

 一般的には、家族仲が良いことや、友人が多いことは、高く評価される傾向にあります。常にたくさんの人に囲まれている人は、一見、とても充実した人生を送っているように見えるものでしょう。

 とはいえ、一人でいることはそんなに「ダメなこと」なのでしょうか。孤独の価値を積極的に認め、選択的に孤独であることを勧める人も最近は出てきています。実は、多くの人は、人と一緒にいることがストレスになります。

 毎日24時間、常に誰かといることには、意外にもストレスがあるのです。サービス付高齢者住宅でのデータから、一人になれる空間があることが、安定した精神状態のために必要だということがわかってきました。居心地よく感じなければいけないという社会的圧力があったり、家族というものは良いものであると無条件で言わなければならないのがポリティカリー・コレクト(人種・宗教・性別などの違いによる偏見・差別を含まない、中立的な表現や用語を用いること)であったりするからです。

 たとえば家族に対するネガティブな感情を抱いている場合、匿名の掲示板などであればその感情を吐露することもできるでしょう。でも実名のブログ、あるいは実名で登録しなければならないSNSなどでそれを開示しようものなら「どうして親の気持ちをわかってあげないの」「そんな考え方をするなんてあなたが間違っている」と、あっという間に多くの人からバッシングを受けることになるのが容易に想像できます。

 さらにその逆の現象を見ることもあります。家族を褒めたり、家族愛を繰り返し過剰にアピールするような投稿をすると「いい人ぶろうとしていて鬱陶しい」「売名」「本当は不仲だからわざわざ投稿するのか」などと、批判の対象になることがあります。家族関係が良好であることに対して、多くの場合は疑義を持つ人もいるというのは興味深い現象であると思います。

 いずれにしても、家族からは逃げられない。婚姻関係であれば解消するということも可能だけれども、一番逃げられないのは親子です。

 親子関係のストレス……家庭内で受けた心の痛みや苦しみというのは、他人に伝えることはなかなか難しいものかもしれません。相当、信頼している人、理解してくれる人でなければ話すことをためらってしまうことも多いでしょう。だからこそ、家族関係(そのうちの多くは母娘関係)がテーマの本が多く読まれ、ドラマも映画も漫画でも、こうした内容のものに需要があるのでしょう。それだけ救いがないと感じる人が多いということの裏返しなのだろうと思えてなりません。

<第6回に続く>

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