ハリソン山中はお金が好きだが、同時に嫌いでもある。『地面師たち』原作者が語るキャラクター造形とハリソンの次なるターゲット【新庄耕インタビュー】

文芸・カルチャー

公開日:2024/10/16

新庄耕さん

Netflixでの配信ドラマが話題になっている『地面師たち』。7月には、集英社から続編となる『地面師たち ファイナル・ベッツ』が刊行された。そんな本シリーズの著者・新庄耕さん。ダ・ヴィンチWebは新庄さんにインタビューを行い、本シリーズの誕生秘話や今後の展望など、様々な話を伺った。

――小説『地面師たち』を書いたのは、もともとデビュー作の『狭小邸宅』で不動産業界を舞台にしていたことで、実際の積水ハウス地面師詐欺事件にも興味を持っていらっしゃったからだとか。

新庄耕(以下、新庄):なんとなく気にしていたら、『狭小邸宅』から付き合いのある担当編集者から、小説の題材にしないかと持ち掛けられたんですよね。とはいえ、私は不動産業界で働いたこともないし、テレビや新聞で知る以上の情報はない。書くとしたらエンタメに振り切ることになるだろうけど、そもそもは純文学の出身。門外漢なことづくしだからと断る手もあったのですが、なんていうのかな、匂いがしたんですよね。これは、ありなんじゃないのかなと。

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――地面師たちみたい!(笑)

新庄:それで、あまり何も考えずにやりますと答えました。ただ、『オーシャンズ11』みたいな構成にしてはどうか、という提案に対しては、違うんじゃないかなと。エンタメ・フィクションとはいえ、人を騙して大金をふんだくるわけでしょう。そのスリルに進んで身を投じる人よりも、やむをえず手を染めてしまった人の苦悩のほうを描きたかった。

――それで、辻本拓海という主人公が生まれたんですね。ある事件をきっかけにすべてを失い、大物地面師のハリソン山中にスカウトされて仲間になる。ハリソン山中は、どんなふうに生まれたんですか。

新庄:拓海をカッコよく描きたかったんで、その親分であるハリソンは格が高い人物でないとバランスがとれないな、と。ジェントルで、知的で、何があっても動じない……けれど、完璧すぎるキャラクターはあまり好きではないので、どこか欠陥があると感じさせる人物がいいなと思って書いていました。

『羊たちの沈黙』のハンニバル・レクターや、実際に起きた殺人事件で捕まったシリアルキラーなどを参考に造形していったんですけど、書き始めると頭で考えていたことは全部吹っ飛んでしまって。気がついたらハリソン山中がそこにいた、って感じです。だから、ドラマの撮影現場で(ハリソン山中を演じた)豊川悦司さんとお会いしたときは、衝撃を受けました。

――イメージ通りでしたか?

新庄:まさに、思い描いていたハリソン山中がそこにいましたね。初めてスタジオ見学に行ったとき、ハリソンルーム(地面師グループのアジト)のセットの中で撮影が行われていて。壁に囲われているから、僕たちはパイプ椅子に座ってモニターを見ていたんですけど、突然中から「ルイ・ヴィトォォン!」って叫ぶ声が聞こえてきたんです。何事かと思いましたよ。ドラマをご覧になった方には、どのシーンかおわかりになると思いますが、映像で観るのと実際に聞くのとでは大違い。人間って、こんなにも声を轟かせることができるのかと、驚くほどの迫力で。

 休憩に入ったら、その声の主である北村一輝さんが床に大の字になっているのを見て、そりゃそうだろうと思いました。あんな大声を出し続けていたら、気力も体力も持っていかれてしまう。真夏のことでしたしね。

――そんな状況で、あの場面が……。

新庄:で、とんでもないなと思いながらふっと視線をそらしたら、隅のほうにハイチェアに腰かけた長身の紳士がいるわけです。え、もしかして、と思ったら「素敵な原作をどうもありがとうございました」とあの重低音ボイスで挨拶してくださって。あのトヨエツが目の前にいることにも、その立ち居振る舞いがハリソン山中そのものだってことにも、大興奮してしまいました。

――北村さんが演じた竹下が、かなりガラの悪い役だったので、対比でハリソン山中の威圧感が増していましたよね。

新庄:それこそが、私のイメージしていたハリソン山中なんですよ。声を荒らげたり、すぐに手が出たりするような人だと、その場は怖いかもしれないけど、どこか安くなってしまう。きっと本当におそろしい人は、どんなときも冷静沈着。物腰はむしろ柔らかいんじゃないかなと考えていたことが、実体化するとこうなるのだということを知れて、嬉しかった。僕が想定していたキャラクター造形はまちがっていなかったのだな、と。

新庄耕さん

――そんなハリソン山中に信頼されつつ、悪に染まり切れない拓海の葛藤も読みどころでしたが、続編『地面師たち ファイナル・ベッツ』の主人公・稲田は、拓海と真逆のタイプでしたね。

新庄:ハリソン山中は続投させるとして、次に誰をその下につけるかと考えたとき、私の書きたいように書いてしまうと、また同じテイストの物語になってしまうなあと思ったんですよね。だったら次は、罪悪感を背負わない主人公にしてみようかと。あれこれ悩みがちな拓海と違って、カラっとしていて、どうにかなるでしょと勢いで突き進む、野性味あふれるお調子者。元サッカー選手らしい、フィジカルな強さのある人にしようかなと。

――サッカー選手として名をはせたはずなのに、ギャンブルで身を持ち崩し、さらにシンガポールのカジノで一世一代の賭けに負けて絶望する姿が本当に真に迫っていて……。今回、地面師仲間に元芸人が登場しますが、一度華やかな舞台に身を置いたからこそ、地道にやりなおすことが難しく、裏社会に身を投じるしかないつぶしのきかなさも、リアルだなと思いました。

新庄:ドラマで一躍有名になった五頭(岳夫)さんも、借金しながら生活しているっておっしゃっていましたけど、芸能の世界に立つこと自体が一種のギャンブルですからね。拓海とは違って同情の余地はないように思われるけれど、地面師に協力しようと思う、あるいは、しなきゃ立ちゆかないところまで追いつめられる人というのはどういう立場なのだろう、というのは変わらず意識していたことでした。

――前作のラストで、ハリソン山中がシンガポールに逃亡していたことから、今作はその地で物語の幕が開くわけですが、実際にターゲットとなる土地は釧路というのも、おもしろかったです。

新庄:前作を書いた当時、日本のお金持ちがこぞってシンガポールに移住しているイメージがあったんですよね。でも、日本人はシンガポールで不動産を購入することができないんですよね。それに、実際に現地に飛んでみて、なんかつまんないなあ、と思ってしまった。街はきれいだし、快適で暮らしやすくもあるのでしょうが、シムシティ(都市建設ゲーム)でつくられたかのように、整然としすぎている印象があった。それよりも僕は、もうちょっと隙間のある、ごちゃっとした街並みのほうが好きなんですよね。

――そのほうが、騙し合いの生まれる余地もありそうです。

新庄:マリーナベイ・サンズのカジノに溢れていた高揚感だけは、物語になるなと思ったので、冒頭の舞台にしましたけどね。やはり舞台は日本がいい、と思って北海道の土地を狙うことにしました。最初はハリソンたち同様、苫小牧にするつもりだったんですけど、作中に書いたのと同じ理由で釧路に。

――〈釧路がシンガポールになる、マリーナベイ・サンズができるんだというあり得なさは、地面師という詐欺の題材に向いていると思った〉と別のインタビューでおっしゃっていましたが、ありえないと思うくらいのほうが人は信じてしまう、みたいなこともあるんでしょうか。

新庄:そうですね。それに、成功している人はみなさん口をそろえて言うんですよ。人と同じことをしていてはだめだ、って。みんながだめだと思っているところに乗れるかどうか、リスクを取っても返ってくるリターンの大きさを狙う、その心理は事業を営む人たちに共通している気がします。実際に釧路に行ったとき、駅前がゴーストタウンのようになっているのに驚きましたが、そんな土地が自分の手で変貌する、大都市に変わるのだという構想は、さらなる成功を狙う人たちの心をくすぐるのかもしれないなと思います。

――そういうリアリティを担保するために、心がけていることはありますか。

新庄:自分が信じ切れるかどうか、でしょうか。小説を書くという行為自体、そもそも嘘っぱちじゃないですか。だからいつだって不安なんですよ。こんなことを書いて大丈夫だろうか、おもしろがってもらえるだろうか、って。だから、詳しくないことはもちろん調べますし、ある程度の知識を得ることが必要ですけれど、それ以上に、描く物語が「本物」だと僕が信じられるところまでイメージを高めることが重要かなと思います。もしかしたらその描写は現実のシステムとは違うかもしれない、だけど「そういうこともあるかもしれない」と読者が思ってくれることがいちばん大事なので。

新庄耕さん

――人間心理の描写があまりに卓越しているので、新庄さんがもとから不動産業界に精通していると思っている人も多いと思うのですが、そもそも不動産業界を舞台にデビュー作『狭小邸宅』を書いたきっかけはなんだったのでしょう?

新庄:予備校時代からの私の親友が、不動産会社に就職したんですよ。政治を学ぶためにイギリスの大学院に行きたいからと、成果報酬で稼ぎやすい業界を選んだだけなんですが、一年もたたないうちに顔つきが変わってしまった。一日2~3時間しか寝られないから、一緒にごはんを食べに行っても、途中で口をあけて寝ている。ソルジャーってこういうことを言うのかなって思いましたね。

――『狭小邸宅』でも、ノルマの厳しさは描かれていましたね……。

新庄:対して私はリクルートという会社で働いていたんですけど、オフィスは丸の内にあるビルの37階、上司も仕立てのいい服を着て、持ち家を買ったりしていて、わりと順風満帆だなって思っていたんです。でもその友人が言うわけですよ。「部長になったところで、買えるのは世田谷のペンシルハウスがせいぜいだよ」って。庭付きのでかい家を買えるんじゃないかと夢見ていた僕はもうびっくりで(笑)。そんなもんなんだ~って驚きをもとに小説を書いてみた、というシンプルな理由です。

――今はもう、ペンシルハウスすら買えないかもしれないですね。

新庄:そうなんですよ。『地面師たち』を書いたときは、デビュー当時よりさらに都心の不動産価格が高騰していて、今はもっとすごいことになっていますよね。親友の様子を見て、生き馬の目を抜く業界だということは肌で感じていましたし、門外漢ながらに、業界の温度に触れていたことは『地面師たち』を書くうえでも影響していたかもしれません。

――『地面師たち』を書くにあたって、改めて取材はされたのでしょうか。

新庄:基本的には文献を読む程度でしたが、積水ハウスの事件を受けて、業界紙が不動産屋向けに開いた対策セミナーに参加したことがあります。Netflixの監修もしていただいた司法書士の長田(修和)先生と『地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』を書いたノンフィクションライターの森(巧)さん、それから弁護士の方が6時間もお話ししてくださって、大変参考になりましたね。最後に冊子をいただいて、地面師の歴史と手口が書かれているのを読んだとき「これは物語になるかもしれない」と思えたので。

――それだけ積水ハウスの事件が衝撃的だったのだとは思いますが、人って、追いつめられると不確定の情報にもすがって、みずから騙されに行ってしまうんだなあ、というのがけっこう衝撃的でした。まさに小説で描かれているようなことが、現実でも起きるなんて、と。

新庄:先ほども言った、リスクを取ってでもリターンを求めてしまうのが、成功者の心理なのでしょうが、そもそも「土地がない」というのも大きな要因の一つなんですよね。買いたい人で溢れている中、売りに出されるという情報を真っ先に掴まなくちゃいけない。その情報をめぐって騙し合いが起きるのが常。しかもスーパーで商品を買うのと違って、売り手の顔が見えない状況からスタートしなきゃいけないというのが、当事者からしてみれば大変なんだろうけど、物書きとしてはおおいに興味を惹かれる点でした。

――「地面師たち」シリーズの二作を書いたことで、何か見えてきたものはありますか。

新庄:みんなお金が大好きなんだけど、同じくらい嫌いなんだろうなって。物語を書くうえでは、お金以外の目的があったほうが盛り上がるというのもあるけれど、ただ稼ぎたいというだけではこんな事件が起きたりはしない気がする。たとえば稲田はいやな奴だけど、女性にはすごくモテたと思うんですよ。わがままでこだわりが強くて、自分の思うとおりにしかやれない男なんて、冷静に考えたら選んじゃだめだと思うけど、そんなだめなところを魅力と感じる人も一定数いるわけで。理屈を超えて惹かれてしまう何かっていうのが、お金にもあるんじゃないでしょうか。

――ハリソンはまさにそういう男ですよね。自分でコントロールし切れるものには興味がない。

新庄:ギャンブルはしないけど、だめだとわかっているのに流されてしまう気持ちは私もわかります。そういう恋愛をしている人は少なくないだろうし、ささいなことだけど、深夜のラーメンをやめられないっていうのも、根っこは同じでしょう。私もね、酒はどうしてもやめられない。お金はかかるし、翌日は気分悪くなるし、体にも悪いし、いいことなんて一つもないってわかっているのに(笑)。

――そういう人の弱さを、新庄さんは肯定も否定もしない書き方をするなあ、と『地面師たち』二作を読んでいて感じました。

新庄:なるほど。確かに、私自身も弱い部分をたくさん抱えているから、それを全否定することはできないんですよ。それがいいことだろうと悪いことだろうと、やりたいと思ってしまうならしょうがないじゃん、と思う気持ちもある。でも、おっしゃるように、肯定するのも違う気がするんですよね。それじゃあ、社会が立ちゆかなくなってしまうし、開き直っている人を見ると「いや、ちゃんとやれよ」って思ってしまう自分もいる。

――そんな新庄さんの描く物語の中で、今のところ逃げおおせているハリソンが、次はどんな詐欺を働くのか楽しみです。

新庄:いやあ、もう、いいんじゃない?って私は思っているんだけど(笑)。でも、そろそろ拓海が出所してくるころだろうし、改めて対決する姿が見たいという声は確かにあって……。それにこういう小説を書いていると、「次はこの土地はどうですか」って情報が集まってくるんですよ。シンガポールと北海道を行き来することで今作の色が前作と違うものになったように、いろんな土地をターゲットにしていくのも楽しいかもしれませんね。

取材・文=立花もも、撮影=金澤正平

新庄耕さん

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