堂場瞬一は一日5時間しか執筆しない!? 最新作は自身の体験と飽くなき好奇心から生まれた、大正時代の作家と編集者を描く『ポップ・フィクション』
更新日:2024/10/21
一日5時間しか仕事はしていない、驚異の執筆スピード
――本作にはさまざまなタイプの作家さんが登場しますが、ご自身の体験だったり、見聞きしたりしたお話から着想を得ているんでしょうか?
堂場:これが、すべて想像なんですよね。「こういうタイプいるだろうな」みたいなことを考えて書けちゃうというか、それが小説を書くときのやりがいなので。この大正から昭和にかけての時代って、作家の数が今よりかなり少なかったはずです。でも媒体はどんどん増えるので、やたら注文がくるわけです。その中でみんなどう仕事をしていたのか。当時の作家と編集者のやり取りはあまり書き残されていなかったので、想像して書くのが楽しかったですね。
――一番初めに思いついたキャラクターはやっぱり主人公ですか?
堂場:この作品の場合、主人公にはあまり色がないんですよね。相手を殴ったりはするけど、この時代ではそれもよくあることというか。だからそんなに激しいキャラクターでもないし、むしろいろんな仕事を渡り歩いているせいで、傍観者的な感じもありますよね。業界のことをちょっと斜めから見ている。そういう主人公は非常にやりやすかったですね。のめり込みがちな主人公でもいいんですが、今回は範囲がすごく広がっていく話なので、ちょっと斜め上から俯瞰できるような主人公だと全体の動きが見られるかなって。
――ご自身の作品の中で、一歩離れたところから見ている主人公は多いんですか?
堂場:いますねやっぱり。もちろん本人が自分で爆弾を作っているような人もいるわけですが、爆発するのを少し遠くから眺めるような……。これって小説の視点をどこに置くかというテクニックの問題に繋がっていくと思うんですが、普通の一人称と神視点の中間みたいな視点をうまく作れないかなというのを最近ずっと試していて。そういうところから今回の主人公も生まれているのかもしれません。
――一方作家さんは結構濃いキャラクターの方が多いですよね。気に入っているキャラクターはいますか?
堂場:いや、こういう人たちとはあまり付き合いたくはないですね(笑)。「編集者は大変だろうなあ。俺はこうはならないようにしよう」と反省しながら書いていました。
――ご自身は編集者さんに迷惑をかけない、例えば締め切りは守る作家さんなのでしょうか…?
堂場:いつも原稿は、締め切りの前日まで、かつ編集者の勤務時間内に出しています。
文藝春秋担当編集者:そうなんです。堂場さんはたとえ300ページ以上のゲラ確認を「すみません、10日間でお願いしたいです」とか無茶なことを言っても、予定より前に送ってくださるんです。
堂場:ゲラだからね。そこに至るまでもうお話は練ってありますから。
――にしてもすごいスピードですよね。時間の使い方が相当上手いのかなと思うのですが。
堂場:最近気づいたのですが、一日5時間しか仕事はしていません。午前中に2時間、お昼にジムに行って、午後2時間。家に帰って1時間残業して5時間ですね。5時間あれば55枚書けるので。
――「今日は調子出ないな」みたいな日はないんですか?
堂場:ないですね。むしろ2時間続けるとタイプミスが増えたりするので、自分に「ここまで」とリミッターをかけています。むしろ書かない日があって途切れる方が嫌なんですよ。実は今度人間ドックがあるのですが、それで一日つぶれるのが嫌で。どうやって迂回しようかと考え中です。
ケンカする編集者とほど、ちゃんとした作品がつくれる
――以前弊サイトの対談で、プロットを細かく決めてから書き始めるとおっしゃっていました。
堂場:それは今も変わっていません。あとから「あれ違うな」となるのが嫌だし、事前に「こういう風に話が進みますよ」と通告すれば編集者も楽かなと思うので。
――そのプロットをまとめる作業の間に、編集者とのやり取りがあるということですか?
堂場:やり取りというか、殴り合いというかね(笑)。編集者って、基本的に触媒としてすさまじい能力を持っているわけです。一人でずっと書いていると絶対どこかで行き詰まってしまうし、その感覚は自分でもわかるんですよ。そういう時にヒントとなることや手がかりを見つけてくる能力に関してはものすごく信頼しています。僕の場合、書くときは完全に一人で「作業」という感覚で、その前の段階で「どういう話にしようか」と練って、編集者と叩いているときの方がクリエイティブな作業をやっている実感があります。
――本作の主人公である松川さんが堂場さんの編集担当だとしたら、相性はよさそうですか?
堂場:いや、僕にはここまでつっこんでこなくていいです(笑)。この時代の編集者って、家に押し掛けてくるんですよね。後の時代には漫画編集がそうだったと聞きますが、家に押し掛けて、とにかく一枚でも二枚でも書けるまで粘る。それを毎日続けているという話が当時の編集者の本とかを読むと出てくるんですよ。そのせめぎ合いはすごいなと思いますけど、一枚二枚とその場で原稿を渡しちゃって、翌日からその続きをどうやって書くんだろうと。今みたいにコピーを取ることもできませんから。すごい時代だったなと改めて思いますよね。
――では堂場さんにとって理想の編集者像とは?
堂場:いや、これが結構、来る者は拒まずなんですよ、僕は。来た人にこっちが合わせる。逆に「こんな人に来てほしい」って今頭に思い描くような人が来たら、すらっとお互いに合わせちゃっていい作品はできないと思う。人間いろんなタイプがいるから面白いと思いますし、編集者は読みのプロですから。ケンカする編集者ほど、ちゃんとした作品がつくれる気がします。多少、オブラートに包んで言ってくれると嬉しいですけどね(笑)。
――ぶつかり合うくらいの方が、いい作品が生まれるということですね。
堂場:そうです。だから若い編集者には「どんどん言わないとだめだよ」と言うんですが、遠慮されてしまうこともあって。こちらも言われるような人間にならないといけないと思いますね。
――堂場さんが編集者を育てる立場でもあるのかなと、今お話を聞いていて思いました。
堂場:そこはお互い様ですよね。僕ら作家もベテラン編集者に育ててもらったわけだから。今や自分より年上は一人しかいなくて年下の編集者ばかりですが、編集者って年齢に関係なくできる仕事だと思うんですよね。若いうちはどんどん勢いで向かってきてもらっていいし、ベテランにはベテランの味があるし。これまで100人くらいの編集者さんと仕事をしたと思いますが、この本にはその全員のエッセンスが入り混じっています。