恥ずかしさと懐かしさがハンパない! 面白くない話ばかり集めた『面白くない話事典』が面白い本に仕上がっているワケ
PR 公開日:2024/10/21
女の子と映画デート中っぽい男の口から聞こえてきた、「今日は、RADを映画館のスピーカーで浴びに来た感じもあるよね。てか、今のうちにポップコーンの味、噛み締めとこ!」という何だか舞い上がった言葉。
雷雨で電車が遅延中のホームに響く、「雷が落ちるってことは、誰かがアイデアを閃いた証拠だから」という微妙なギャグ。
動物園で「ちょ! (笑)ヒト科の動物が檻から脱走してる!」「オレちょっと担当の飼育員さん呼んでくるわ!」と友達を茶化して騒ぐ大学生4人組……。
これらは『面白くない話事典』(伊藤竣泰/飛鳥新社)に収録された「面白くない話」の一例なのだが、読んでいると思わず「うわぁ……」という声が出て、羞恥心や嫌悪感が入り混じった不思議な感情に襲われないだろうか。
本書は“面白くない話マニア”として活動する伊藤竣泰さんの初の書籍。伊藤さんがカフェやファミレス、居酒屋や街中などで、10年以上かけて聞き取ってきた147の「面白くない話」を収録している。
では、「面白くない話」が集まった本が面白くないのかというと、決してそうではない。まず上に書いたように「読んでいて恥ずかしくなる」という意味で面白い話がけっこう多い。
というか筆者の場合は、「自分の話が面白いと思っていて、周囲のクラスメイトにも聞こえるように大声で喋っていた高校生の頃の自分」「女性との会話で舞い上がってしまい、変なノリのギャグをかましてしまった自分」などを思い出してしまい、何だか全身がむず痒くなってしまった。そんな不思議な感情を呼び起こしてくれる本はなかなかないだろう。
また、著者が素人の会話をテンポよくまとめてくれているので、「ていうか、読んでいて普通に笑えるんですけど」と思える話も複数あったりする。
著者の定義する「面白くない話」の条件の1つは、「話し手自身が『私(の話って)面白いでしょ!』と勘違いしながら喋っている」という点なので、確かにそのノリが痛々しい会話は多い。
そして、どのエピソードも話し手は素人なので、「話の流れに関係なくボケが発せられがち」「他の人が元ネタを知らないギャグを言いがち」「芸人の決めセリフをパクりがち」「常時ハイテンションで会話に緩急がない」「ツッコミ側の技量が不足している」などなど実際に瑕疵は多い。平たく言えば「芸人っぽいノリで喋っているけど“話芸のプロ”の技術は持っていない人たちの会話」が多く収録されているのだが、逆に言えばそこがリアルで、生々しい。その痛々しさや、スベリ具合まで含めて面白いのだ。
……と、いろいろと感心しながら読み進めた結果、「こういう友達同士の会話って、そもそも『誰が聞いても面白い話』である必要はあるのだろうか」ということも考えてしまった。
この本に収録されたエピソードに限らず、「気心の知れた友達同士の会話」というものは、文字にすると面白くないことばかり喋っていることが多いだろう。そして仲間内につまらないヤツがいることや、つまらないギャグを安心して言える弛緩しきった関係も含めて、そこで展開される会話は、自分たちにとっては「面白いもの」だったのではないか……。
そうやって考えていくと、本書に収録された「面白くない話」は非常に愛おしいものに思えてくる。そして、「安心して面白くない話をできる相手」の存在がありがたいものに思えてきて、久々に学生時代の友達と会いたくなってくるのだった。
文=古澤誠一郎