生きるためには、お山に生命を捧げなければならない。裏社会とホラーをかけ合わせた『死念山葬』

文芸・カルチャー

PR 公開日:2024/10/18

死念山葬"
死念山葬』(朝倉宏景/東京創元社)

 死ぬべき人間と生きるべき人間との境界線は、一体どこにあるのだろうか。もちろん、人の生き死には「べき論」なんかでは語れないはずだ。しかし、『死念山葬』(朝倉宏景/東京創元社)を読みながら、ぼんやり考えてしまった。作中にはさまざまな人の死が転がっていて、その一つひとつをどう捉えればいいのだろう、と。

 本作は冒頭から死のにおいに満ちている。大学生の日置学が、浅木という男に指示されながらも死体の処理をするのだ。場所は見捨てられた別荘地の奥深く。浅木の手で殺された男を埋めるため、学は深い穴を掘り続ける。この浅木はどうやら裏社会の人間で、殺人を請け負っているらしい。学自身はごく平凡な大学生だったのだが、やむを得ない事情によってこうして死体処理を手伝わされている。非常にサスペンスフルなはじまりで、幕開けからたった数ページで心を掴まれるだろう。

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 そんな学と浅木には、解決しなければいけない問題があった。死体を埋める場所の確保だ。いつまでも同じエリアに埋め続けるわけにはいかない。バレてしまうリスクが高まるからだ。

 すると、浅木が裏社会で囁かれている噂を口にする。とある山を所有、管理している神社が、不法に死体を受け入れているという。そこに金を積めば、山に死体を遺棄することを黙認してくれるのだ。しかも、その山には幽霊が出るという噂があり、余所者は近づこうとしない。死体を隠すにはうってつけの場所である。そして、その噂の山は、学の祖母の出身地と符合する。もしもそれが事実なら――。浅木に命じられた学は恋人の夢花を連れて、噂の真偽を確かめるため、祖母が60年以上前に出たきりの集落を訪れることになるのだが、そこから物語が大きく転換していく。

 本作の舞台のメインとなるのは、その「山」だ。裏社会で死体処理にぴったりだと噂されている場所であり、学の祖母の出身地であり、そしてある伝承によって人々から恐れられている曰く付きの土地である。物語が進んでいくと、どうやらその「山」には想像以上の怨念が渦巻いており、「山」自体が人の生命を求めていることが明らかになってくる。そう、本作はただのサスペンスではなく、裏社会にホラーをかけ合わせた物語なのだ。

 作中でピンチに陥るのは主人公の学だけではない。学が愛する夢花がなんと、「山」に魅入られてしまう。彼女を救うためにはどうすればいいのか。それは「身代わり」を差し出すことだ。でも、ふつうはそんなことはできない。最愛の人を助けるために、なんの罪もない人の生命を差し出すなんて。しかし学は、夢花の身代わりにしてもいいのではないか、という存在に行き着く。それは、浅木の一人娘だ。自らをどうしようもない状況に引きずり込んだ浅木の娘ならば、その生命を奪ったっていいのではないか。葛藤しつつも、学は決意する。

 本作はこのあたりの葛藤を描くのが非常に巧い。愛する人の生命は誰よりも重く、守り抜きたい。一方で、自らを追い詰める人間の身内の生命は軽く扱われたってしょうがないじゃないか。常識的に考えれば、そんなわけがない。でも、理不尽な状況に追い込まれた学の選択を簡単には否定できないのも事実だ。いわば、カルネアデスの板に近いかもしれない。誰かが犠牲にならなければいけない。そのとき、人はなにを基準に判断するのだろう。答えなんてないのかもしれないけれど、でもそれに迫られてしまう瞬間は、どんな人にだって訪れる可能性がある。そんな残酷な現実と問いを、本作は突き付けてくる。

 ただし、そこで終わらない。学の決意が一転するような事実が判明し、物語は思いもよらぬ方向へと進んでいく。浅木や夢花、または学の祖母まで抱えていた闇も明らかになることで、いよいよなにが正しいのかわからなくなっていく。そうして読者は、上述した「死ぬべき人間と生きるべき人間」について考えさせられるだろう。

 ラストまで辿り着いたとき、あなたの心のなかにはどんな結論が浮かんでいるのか。ぜひ、それを聞かせてもらいたい。

文=イガラシダイ

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