ギクシャクした父と息子のもとにやってきたのは、人の心を理解する不思議な生き物…。家族再生を描いたホームコメディ漫画『きみのカチカチ』
PR 公開日:2024/10/29
世間では「共感する」や「心に寄り添うこと」は当然のようにやるべきだと言われている。これは最近の話ではなく、ずっとそうであった。それは“言うは行うより易し”であり、実際に共感し心に寄り添うのは思った以上に難しいからだ。仲の良い友達や恋人であっても、そして家族であっても簡単ではない。
不思議な生き物と家族が出会う物語『きみのカチカチ』(圓山りす/ヒーローズ)の第1巻が発売された。本作は圓山りす氏の初単行本で、柔らかい鉛筆で描いたような温かみのあるタッチと精細な描き込みに引き込まれてしまうだろう。
そして物語は父一人子一人で必死に生きていたある家族の朝の様子から始まる。整理され、片付いたアパートで、息子が起床し朝食を作って食べ、笑顔で学校へ。その反面、だらしなさそうな父親は何とか起きて同じく朝食を食べ、やる気を出して仕事に向かう。
ただ、そこには当たり前のようにふわふわした毛玉のような生き物がいる――。
喪失感にとらわれた家族を不思議な生き物が再生
ぬいぐるみのような手のひらサイズの生き物「カチカチ」は、言葉は話せないものの完全に人と意思疎通ができており、家事もこなせるので、小学3年生のケイと漫画アシスタントをしている父親の潤の大きな助けになっていた。
カチカチはふたりを送り出したあとは、ゆっくり好物のバナナを食べながらTVを見ている。ただ、学校で少しもやもやすることがあったケイを察して迎えに行ったり、酒に酔った潤がケイに暴言を吐くと巨大化(!)して力ずくで止めたりするなど、居てほしいときに居てくれる、頼れる存在なのだ。
ここで時間は少し戻る。1年前に妻に先立たれて酒浸りの潤、無言で学校へ行く表情の硬いケイ。部屋はすぐに荒れてゴミ屋敷のようになる。定期的に片付けに来る潤の妹は兄にガチ切れだ。
そんなある夜、複数の流れ星が見られた。そのとき潤の前に不思議な生き物が落ちてきた。
何だか分からないそれを持ち帰り、潤はケイにプレゼントする。カチカチと名付けられたその生き物がやって来てからケイは明るくなり、潤は時折喪失感にさいなまれながらも少しずつだが前向きになるのだ。
ケイのかわいさ、いじらしさには読んでいて泣きそうになる。正直、たまたま筆者の息子と同年代というのもあってだ。潤は死んだ奥さんを思ってメソメソし、子どもと向き合えずダメダメなところはあるが、どこか憎めない愛すべきキャラクターだ。
物語はまだ序盤だ。家族がどう再生し、どう変化し、成長していくのか楽しみである。
人の心に寄り添うとは? カチカチが見せる温かさ
さて、謎の生き物カチカチだが、序盤では、人とコミュニケーションが取れるが何だか分からないもの、として描かれている。どこからやって来た何なのかはまだ一切明かされないまま、ケイと潤と、その周囲に馴染んでいる。
確かなのは、カチカチは人の心に寄り添ってくれるということだ。ケイをいつも支えてくれ、彼が傷ついたり傷つきそうになったりすると、全力で守り、無言で(巨大化して)包みこんでくれる。ただただ優しくしてくれるのだ。これが重要なのだ。
人が誰かを励まそうとするとき、落ち込んだ状態からの解決策を口にする。だが、これは心に寄り添ってはいない。励まそうとしている人間が自分の心がラクになりたいがために言っているだけのことで、本当の意味で共感はできていないのだ。
しかし「カチカチ」という鳴き声(?)しか出せないこの生き物は、ただただ温かい。ちなみにケイだけではなく、潤が傷つくエピソードがあるのだが、そのときカチカチが取った行動が興味深い。これが人の心に寄り添った最適解なのではないかと感心した。
人の心に寄り添うこの生き物は、その人が望むようにしてくれる。ただ、それは善悪の判断はしないようである。静かに家族の再生を描いてきたストーリーは急展開をみせるので、第4話まで一気に読んでみてほしい。
笑えて、切なくて、そして謎多き展開。不思議な生き物カチカチと暮らす一風変わった家族はこれからどうなるのか。「人に寄り添うとは?」と考えさせられる物語だ。
文=古林恭