「あの筋肉は本物? 偽物?」筋トレ×ミステリーが豪華選考委員たちをも唸らせた! 「江戸川乱歩賞」受賞作
公開日:2024/10/20
ミステリー作家への登竜門として知られる「江戸川乱歩賞」。東野圭吾さん、桐野夏生さん、池井戸潤さん、藤原伊織さん…これまで数多くのビッグネームが誕生しており、ミステリーファンにとって「今回の江戸川乱歩賞は誰だ?」は、間違いなく大きな関心事だろう。
そんな注目の賞も2024年で70周年を迎え、記念すべき第70回の受賞作に選ばれたのは、日野瑛太郎さんの『フェイク・マッスル』と霜月流さんの『遊廓島心中譚』(どちらも講談社刊)の2作。8月下旬には日野さんの『フェイク・マッスル』が単行本で登場したので、すでにチェック済みの方もいるかもしれない(霜月さんの『遊廓島心中譚』は10月刊行予定)。輝くガラスのダンベルの表紙がインパクト大の『フェイク・マッスル』だが、なんと謎解きのテーマは近年愛好家が多い「筋トレ」だ!
たった3カ月のトレーニングで、ボディビル大会の上位入賞を果たした人気アイドルの大峰颯太。快挙を祝福する声がある一方で、「そんな短期間であの筋肉ができるわけがない」とドーピング疑惑が持ち上がってSNSは炎上。当の大峰は疑惑を完全否定し、なんと大峰自身がトレーナーを務める「会いに行けるパーソナルジム」を六本木にオープン――。文芸編集者を志しながらも『週刊鶏鳴』に配属されて若干クサリ気味の新人記者・松村健太郎は、ある日、編集長からこの「疑惑」に関する潜入取材を命じられる。潜入先は問題の大峰のジム。果たして大峰の筋肉はフェイクなのかナチュラルなのか――?
「週刊誌レベルの疑惑とは、江戸川乱歩賞受賞作にしてはライトな謎解き?」と思う方がいるかもしれないが、ちょっと待った! 賞の選考委員である辻村深月さんが「エンタメとして読ませるテンポの良さも素晴らしい」と評するように、とにかく抜群のテンポ感とユーモアでぐいぐい読ませるのはもちろん、謎が謎を呼んで複雑&大型化。潜入取材の当事者・松村の視点に加え、「大峰の彼女」の視点、松村の同僚の視点が絡み合い、最後には驚きのどんでんがえし――と、エンタメとしてのミステリーのツボをきっちりついてくる。同じく選考委員の綾辻行人さんが「頭抜けて面白かった」、有栖川有栖さんが「まんまと作者の術中にはまった」と評しているのも、その証だろう。
中でも筋トレ初心者の松村の奮闘はなかなかのもので、大峰のトレーニング指導を受ける合格ラインまで筋トレの成果を出したり、独自のドーピング検査を大峰に仕掛けたり、地道で必死な姿はユーモラスで共感を誘いドラマとしても面白い。選考委員の東野圭吾さんは「独自の世界で勝負できる書き手だと思う」とコメントを寄せているが、松村が取材の過程で得る(という設定で私たちに知らされる)「筋トレ界」の実相もかなり興味深く、普段は筋トレに馴染みのない人でもすんなり世界に入れるのでご安心を。
ラストの松村のちょっと成長した姿も清々しい。「マッスル」という言葉がイメージさせる強烈ポジティブ感も似合う「後味爽快!」なエンタメミステリーは、読むとちょっと元気になりそう。思わず筋トレしたくなる人も、いたりして!?
文=荒井理恵