死期が迫った人の「思い残し」が視えるナース、卯月の成長と医療現場のリアルが詰まった人気シリーズの第2弾

文芸・カルチャー

PR 公開日:2024/11/11

ナースの卯月に視えるもの"
ナースの卯月に視えるもの』(秋谷りんこ/文藝春秋)

 長期療養型病棟という病棟名を耳にしたことはあるだろうか。

 そこは死亡退院率、すなわち亡くなる患者が他の病棟と比べて突出して多い病棟だ。社会復帰を目指してリハビリに取り組む患者がいる一方、ここで最期のときを迎えようとしている患者も多い。この病棟で働く看護師の卯月にはふしぎな力がある。それは、死を意識した人の心の中に引っかかっているものがうっすら視える「思い残し」というもので……。

 note主催の創作大賞2023で「別冊文藝春秋賞」を受賞した『ナースの卯月に視えるもの』(秋谷りんこ/文藝春秋)。

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 著者の秋谷りんこさんには10年以上にわたって看護師をしてきた背景がある。経験者なればこその医療描写のリアリティと、看護師という職業の大変さとやり甲斐。そこへ特殊能力要素をプラスして、職業小説に加えてエンタメ文芸としても興味をそそる構成だ。

 タイトルに「視える」とあるので、霊的なものを想像する人も多いかもしれない。しかし、卯月が視るのは霊ではなくて人の「思い」だ。死期が間近に迫った患者の心残りが人のかたちとなって現れて、それに卯月は感応してしまう。患者さんの気持ちを少しでもなだらかにしたくて、卯月は「思い残し」を解決するため奔走する――そんな変わり種のミステリでもある。本書『ナースの卯月に視えるもの2 絆をつなぐ』はその続編だ。

 前作から3年が経過して、ナース8年目となった卯月。彼女は現在、がん看護の専門看護師となるべく、激務のかたわら大学院に通っている。忙しくも充実した日々を送る卯月は、ある日、数年ぶりに「思い残し」を視てしまう。しかもそれは患者ではなく、厳しくも頼もしい看護師長・香坂に憑いていたのだった……(第一話『会いたい人がいる夜に』)。

 このエピソードを皮切りに、卯月の能力が再始動する。息子夫婦との同居を頑なに拒むおばあさんには、恐ろしい形相の老女の姿が。交通事故で入院している若者には、ジャージ姿の男性が。認知症のおじいさんのそばには、二人の幼い少女が。

 さまざまに事情を抱えた患者たちの「思い残し」の正体が気になりつつも、3年前とは異なり今の卯月は“謎解き”に、さほど拘らないようになっている。それはきっと彼女が成長したからだろう。自らの「思い残し」にも一区切りをつけた卯月は、看護師としても人間としても深みを増している。

 前作同様に医療描写はきめ細かい。かつ、仕事と実人生の折り合いのつけ方に悩む看護師たちそれぞれの葛藤が丁寧に展開される。これが正解、という方向へ読者を誘導しようとしないところに、作者の誠実さがみえる。

 また、随所に出てくる食事場面が印象的だ。コンビニ弁当やおにぎりといった、通常では味気ないものとされる食べものを、卯月は実においしそうに食べている。そこに、食べるという行為そのものが大切だというメッセージが込められているようにも感じられる。実際、食べることは生きることなのだから。

 たくさんの患者と、その家族と接してきた卯月だが、今作では卯月自身も“患者の家族”という立場になる。母親がパーキンソン病を発症してしまうのだ。

 少しずつ症状が進行する母に対し、苛立ちをぶつけてしまう卯月。当事者になって初めて分かる“患者の家族”の大変さ。だけど、その大変さを卯月はしっかり受けとめて自らの糧とするだろうことを、私たち読者は確信している。卯月だったら大丈夫、と。

 看護する側とされる側、それを支える家族や周囲の人々。誰にとってもいつか自分ごととなるテーマを、誠実に切実に掬いとっている物語だ。第三弾の専門看護師編をぜひ期待したい。

文=皆川ちか

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