三浦しをんのエナジーお仕事小説『ゆびさきに魔法』! 派手でもチャラついてもいない、ネイリストの情熱あふれる一途な日々を描く

文芸・カルチャー

PR 公開日:2024/11/25

ゆびさきに魔法"
ゆびさきに魔法』(三浦しをん/文藝春秋)

 努力を努力と思わずに重ねられていく研鑽と、情熱、一途さ。辞書編集者を描く『舟を編む』(光文社文庫)や林業従事者を描く『神去なあなあ日常』(徳間文庫)など、三浦しをんが紡ぐお仕事小説から感じられるのは、働く人々たち、「職人」とでも呼ぶべきスペシャリストのひたむきさだ。そんな静かなる熱さは、最新作『ゆびさきに魔法』(三浦しをん/文藝春秋)にもほとばしっている。このお仕事小説で描かれるのは、爪を美しく整える、ネイリストたちの日常。「ん? ネイリストって、『職人』というよりは、派手そうだし、チャラそうだけど……」と思う人も多いかもしれないが、この本を読めば、そのイメージは変わる。たった3週間ほどで解けてしまう指先の魔法。それを施すために全身全霊をかける「職人」たちの毎日に、惹きつけられずにはいられない。

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 主人公は、富士見商店街にある二軒長屋でネイルサロン「月と星」を一人営む月島美佐。新規顧客を開拓するためにも、もう一人ネイリストを雇いたいと思っていた月島のもとに、ある時、ひょんなことから、隣の居酒屋「あと一杯」の常連客・大沢星絵がやってきた。彼女のネイル愛と熱意を頼もしく思った月島は、すぐに星絵を採用する。“弟子”となった星絵と月島は二人で店を切り盛りしていくことになる。

 このお店を訪れる人たちにとって、爪がきらきら輝くことが、どれほど生活の潤いや息抜きになっていることだろう。客たちは、別に異性の目を気にしてモテたくてネイルをするわけではない。全ては自分のため。爪を美しくすることで、自分の気持ちを高めて、自信を持って日々を送りたくてネイルサロンを訪れるのだ。そのために、月島たちは丁寧なネイルケアをし、爪の健康状態を把握するのはもちろんのこと、施術中の会話、店の居心地のよさにも気を遣う。ネイルによって街の人々の生活が輝き出す、そんな奇跡がこの本には溢れている。

 そして、何よりも、星絵という存在が、本当に朗らかで清々しくて、それでいて何処か抜けていておかしい。星絵は採用された途端、「飲みにいきましょう!」と月島を誘い、隣の居酒屋に連れ出しては、記憶がなくなるまで飲んだくれる。そう、星絵は人の懐に入り込むのが得意。飲みの場での姿に少々不安にさせられた月島だったが、星絵のコミュニケーション能力の高さは仕事でも遺憾なく発揮され、客の気持ちを敏感に察して、会話を持ちかけたり黙って施術に専念したりできるし、月島が指示するまでもなく、作業に必要なカラージェルやパーツを用意しておいてくれる。ネイルアートのデザインセンスもよく、月島が圧倒させられるほど。ただ、ジェルを落とすのは苦手。施術されると、摩擦熱で爪が発火させられたような気分になるらしいが、持ち前の真面目さで、たゆまず懸命に練習を重ねていく。

 これまで黙々とネイルの技術を磨き、どちらかといえば単調に仕事に打ちこんできた月島は、星絵によって、今まで知らなかった世界を知っていく。絶品の煮付けを作る居酒屋「あと一杯」の大将や、相談事を何でもテキパキと解決する八百屋のおかみさんなど、チャーミングな商店街の面々との付き合いが持てたのも星絵のおかげだし、男女問わず、年齢問わず、ネイルをもっといろんな人に楽しんでもらうにはどうしたらいいのかを考え始めたのも、星絵がキッカケ。それに、「自分にはデザインセンスがない」と悩んでいた月島は、星絵のデコボコな能力を目の当たりにして、改めて、自分の才能について考える。人の才能は人それぞれだし、それに、接客においてもセンスや技術においても、いくらでも追求すべきことはあるはず。そんな発見をする月島の日々は、読んでいる私たちにとってもまぶしい。

 ネイリストの毎日に、こんなにも心躍らされるとは思わなかった。男性も女性も、ネイルに興味がない人も、この軽快な筆致に触れれば、間違いなく前向きな気分にさせられるだろう。ああ、明日からの仕事を頑張ろうと思えてくる。希望に満ち溢れたこのエナジー小説を、是非ともあなたも手にとってほしい。

文=アサトーミナミ

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