幕末に存在した遊廓島を舞台にした、切ない愛のミステリー。江戸川乱歩賞受賞作『遊廓島心中譚』の魅力をレビュー
PR 更新日:2024/11/19
名だたるミステリー作家を輩出してきた「江戸川乱歩賞」が、今年、70周年を迎えた。過去には「受賞作なし」の年もあったが、今年の受賞者としてスポットライトを浴びたのはふたりの新人作家だ。ひとりは筋トレとミステリーを掛け合わせた異色の作風ですでに話題を集めている『フェイク・マッスル』の日野瑛太郎さん。
そして、もうひとりは、10月23日に受賞作である『遊廓島心中譚』でデビューした霜月流さんだ。本作を巡っては選考会でもさまざまな意見が飛び交ったという。あの有栖川有栖さん曰く、「候補作中、この作品が最も大きな小説になりたがっているように感じた。できるだけ大きくして読者に届けていただきたい」とのこと。この言葉だけで読む前からワクワクしてたまらない。一体どんな作品なのだろうか――。
本作の舞台は、幕末の横浜に実在した「遊廓島」。そこで、数奇な運命により、男に身を捧げることになる女たちの生き様が描かれていく。ひとりは〈お鏡〉。彼女の姉には想い人がいて、その男と心中を企てていた。しかし、土壇場で男が裏切り、姉だけが死ぬことに。姉の死を無駄なものとしたくない。そう考えたお鏡は、この世に「信実の愛」が存在することを証明することで、姉の無念を晴らそうとする。
もうひとりが、〈伊佐〉。小さな頃から綺麗な石にしか興味のない彼女は、平凡に暮らしていたものの、ある日、父・繁蔵が死んでしまう。しかも繁蔵の死体には遊廓島の遊女屋「岩亀楼」と、そこの女と思しき「潮騒」という名の書かれた鑑札が添えられていた挙げ句、町娘を殺害した容疑さえもかけられていた。
それぞれに追求しなければいけないものを持つお鏡と伊佐は、周囲の男たちに勧められるまま、綿羊娘(らしゃめん)になることを決意する。これは横浜開港に伴い、日本に住みはじめた外国人相手の妾のことだ。そうしてふたりは、「信実」へと一歩ずつ近づいていくのだが……。
読み進めていくにつれて、ミステリーのポイントになりそうな小道具やモチーフが次々と登場してくる。想い人と結ばれるという呪い「心中箱」、伊佐の相手となった将校・メイソンに漂う「遊女殺しの噂」、愛なのか一時の快楽だけなのかわからない「異人と遊女の関係」。しかし、ミステリー仕立てになっているものの、根底に敷かれた「愛」というテーマが行間から滲んできて、いつしか不思議な感覚に包まれてしまう。この物語がどういう結末を迎えるかはわからないけれど、お鏡にも伊佐にも幸せになってもらいたい、と。その読み心地は、どこまでも真っ直ぐで狂おしい恋愛小説にも似ているかもしれない。
ところが後半を迎えたところで、本作はミステリー小説としての牙を剥く。一見、なんの関係もないと思われる「遊女殺しの噂」や「心中箱」などのギミックがひとつにつながっていき、非常に壮大な計画が明かされるのだ。まさかの展開に、「やはり江戸川乱歩賞受賞作だ……」と息を呑んだ。もちろん、「犯人」のしたことは決して許されるものではない。しかしながら、本当に求めていたことを知ったとき、なんとも形容し難い気持ちになるのも事実だ。許されない、でも、そこまでして求めていたのかと、しばし言葉を失ってしまった。
そうして辿り着いたラストでは、心が震えるほどの美しい展開が待っている。遊女たちの死という血にまみれた物語の果てに、こんなにも美しい景色が待っているなんて。ラスト一行を読んだとき、「これだから、小説を読むという行為はやめられないんだよな」と感じた。そこにあったのは、本作の冒頭からずっと言及されていた「信実の愛」だったから。
文=イガラシダイ