愛する肉親の謎の死、ミステリアスな男との出会い、嫉妬と陰謀だらけの女の園――愛と憎しみの「後宮」サスペンス

文芸・カルチャー

PR 公開日:2024/11/6

深愛 煌華宮の檻
深愛 煌華宮の檻(上)』『深愛 煌華宮の檻(下)』(菊川あすか/ポプラ社)

 女性向けエンターテインメント小説の中でも、高い人気を誇る「後宮もの」。後宮で花開く愛憎やさまざまな陰謀劇は、このジャンルを読むうえでの大きな醍醐味だ。そんな後宮もの好きにぜひとも手に取ってほしいのが、『そして君に最後の願いを』などの著作がある菊川あすか氏の新作『深愛 煌華宮の檻(上)』『深愛 煌華宮の檻(下)』(ポプラ社)である。

 物語の舞台は岑(シン)国。皇太子・栄青(エイセイ)のために作られた後宮の煌華宮(コウカキュウ)は通称“華園”と呼ばれ、国によって選ばれた宮女たちが働いている。4年前、春璃(シュンリー)のたった一人の家族である姐の朱夏(シュカ)が宮女に選ばれ、後宮に上がった。ところが1年後、姐が不慮の事故で死亡したとの知らせが届き、いくら頼んでも遺体に対面することすら叶わなかった。

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 春璃は不信感を抱き、朱夏の死を信じず、いつか煌華宮へ行って彼女を探そうと決意する。それから3年の時が過ぎ、春璃のもとにも宮女に選ばれたと知らせる書簡が届いた。急いで都に向かうために近道の森を通ろうとするも、深い雪の中で力尽きてしまう。そんな彼女を救出したのが、身なりのよさそうな謎の男・高紫(コウシ)だった。高紫の助けを借りて無事都にたどり着いた春璃は、華やかだが陰謀が渦巻く華園での第一歩を踏み出すが――。

 春璃が働く華園には厳しい身分制度があり、身につける衣の色によって宮女たちの立場が示されるという、独特のシステムが取られている。皇太子妃は紅女だが現在は空席となっており、その下の妃嬪は桃女、掃除や洗濯などの雑用を担当する下女は黄女などと、細かく定められていた。華園には妃嬪になろうと野心をたぎらせる女、婚約者がいるが家族の生活を支えるために働きに来た人など、さまざまな立場の女性たちが集まっている。やがて、春璃は自分と同じように姐が華園で不審な死を遂げた仲間と出会い、情報を交換しながら死の真相を探っていく。

 物語の鍵を握るのが、華園の最高責任者であり、皇帝や皇太子との取り次ぎも行う黒女の玉瑛(ギョクエイ)である。この国の頂点に立つ帝は無能の愚帝だと噂されており、ここ数年は公の場にほとんど姿を現していない。その後を継ぐ皇太子の栄青も、表に出る機会が少なく、玉瑛が実はこの国を動かしているのではないかと宮女たちの間では囁かれているのだった。華園で権力を握る、冷徹な玉瑛の胸のうちに秘められた想いは一体何なのか。ミステリアスな存在が、物語により一層陰影を与え、一筋縄ではいかない人間の愛憎を浮かび上がらせる。

 主人公の春璃は、大切な人の死を知らされても決して諦めず、姐のために力を尽くして後宮という檻の中で闘う強い女性だ。春璃と、思いがけないかたちで後宮で再会を果たした高紫は、同じ復讐心を抱いた同志としての絆を深めていく。だが愛と憎しみは紙一重であり、また人間の心には表層からだけでは窺い知れない、深い沼が潜んでいる。小説を読み終わった読者は、本当に恐ろしいのは誰かを知り、背筋が寒くなるだろう。最後まで緊張感が緩まない、ドラマチックな後宮サスペンス小説である。

文=嵯峨景子

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