抱腹絶倒! 森見登美彦ワールド炸裂! ヘタレ男子学生の「恋文」武者修行小説『恋文の技術』が新版で登場。「新版あとがき」も追加に
PR 公開日:2024/11/6
ああ、最高だ。抱腹絶倒、頬ゆるみっぱなし。恋をしている人はこんなにも滑稽で、こんなにも愛らしいのか。ヘタレ男子学生の恋心を描かせたら、森見登美彦氏の右に出る者はいない。
改めてそう思わされたのが『恋文の技術 新版』(森見登美彦/ポプラ文庫)。今年刊行15周年を記念し、文庫新版が刊行されたこの傑作を、令和の今こそ読んでほしい。この作品は手紙だけで構成されている書簡体小説。というと、何だか地味な印象を受けるかもしれないが、むしろ、この小説はとにかくハチャメチャで賑やか。「ギャグ小説」といっても過言ではないだろう。ひねくれ男子が綴る手紙のせいで、ああ、腹筋が痛い。
主人公は、大学院生の守田一郎。就職する気が起きず、さしたる決意もなく、なんとなく大学院に進んだ彼は、教授の差し金で、京都から能登半島にある実験所に飛ばされてしまった。京都から離れたことに寂しさを感じるのか、守田は「文通武者修行」と称して、京都にいる仲間や先輩、妹などに次から次へと手紙を書きまくる。ときに恋の相談に乗り、ときに大真面目に「おっぱい」について語り、ときに偉そうに説教垂れる。軽妙洒脱な文体で綴られる、守田の愚痴と暴言、皮肉は全てが愉快だ。
しかし、守田は、本当に手紙を書きたい人には、なかなか手紙を書けない。守田は、伊吹さんという女性に恋をしている。実は「文通武者修行」をしているのも、いつの日か、伊吹さんに恋文を送るためなのだ。今まで決して手紙を書こうとしなかったわけではない。ある時は、ユークリッド幾何学やホフマーの螺旋だなんて数学っぽい表現を交えて、「二本の平行線は必ず交わ」るのだと、恋心を知的に表現しようとしてみたり、またある時は伊吹さんの額から眉、身体の隅々まで絶賛し、「耳たぶまで」「もうそれは夢に出てくる不思議な果物のよう」だなんて褒めたたえてみたり。何度も何度も恋文を書くことを試みては、全てボツ。何カ月も時が過ぎているのだが、ちっとも上手くいかず、「俺が恋文を書くと、変態になるか、阿呆になるか、だ」と嘆いている。さらには、守田は、学部生時代の先輩だという小説家・森見登美彦にまで手紙を書き、しつこく「本当に文通で女性を籠絡する奥義はないのですか」なんて聞くのだからおかしい。そんなヘタレ男子の純情炸裂の失敗書簡にはゲラゲラ笑わされるのだが、どうしてだろう、守田の悪戦苦闘には、少し身に覚えがある。一人で悶々として、些細なことで舞い上がって、くるくるくるくる空回り。とめどなく気持ちはあふれるのに、言葉にするのが難しいのが恋なのだ。
剝き出しの恋心を書き、書いたものにとらわれて、自分の情念に溺れるから恋文が腐臭を放つのです。つまり、俺が書くべき恋文、真に有効な恋文とは、恋文に見えない恋文ではないのか。俺はようやく発見しました。(『恋文の技術 新版』より)
終始笑わされてばかりなのに、時折登場するハッとさせられる名言。ふふふっと笑わされながら、しみじみ「恋っていいものだな」と思う。スマホが普及した昨今、手紙を書こうとする人は少ないだろう。だけれども、この本を読むと、おさえきれない思いは、手紙でこそ伝えるべきなのではないかと思えてくる。じっくり時間をかけて、自分の思いと向き合いながらしたためているからこそ、伝わってくるものがある。守田の試行錯誤と恋文の変化をみていると、何だか自分も手紙が書きたくなってくる。
新版の文庫には、初版限定で本編番外編となる書き下ろし短編「我が文通修行時代の思い出」が収録された小冊子がついてくるというから見逃せない。前に本編を読んだことがあるという人も、小冊子とあわせて是非この機会に読み返してほしい。恋に悩む人、恋に悩んだ経験のある人、恋をしたことはないけど、憧れている人も。ヘタレ大学院生の文通武者修行を、どうか見届けてほしい。
文=アサトーミナミ