「読むとえぐられるマンガは一旦卒業」鳥飼茜の新作は「妊娠・中絶」がテーマでも男女4人の会話劇が心地良い! 参考にした「名作ドラマ」《インタビュー》
公開日:2024/11/20
「久しぶりにマンガを描くのが楽しいんです」
――4人それぞれタイプが違いすぎて、集まって話し始めると、深刻だったはずなのに脱線して、なんだこれ? ってなる感じがものすごく楽しいです。
鳥飼 ああ、よかった。私も、久しぶりにマンガを描くのが楽しいんです。原稿を描く期間はいつもげっそりしているんだけど、今作は「もっと変な表情にしてみようかな」「だらけた姿勢でしゃべらせたほうがいいんじゃないかな」って細部の思いつきがどんどん生まれてくる。コーンスープ缶の残りをこんこんって叩いて出しながらしゃべっていたほうがこのキャラらしいんじゃないのかな、とか。
――つじつまが合っていない感じも含めて、みんな、人間らしいですよね。鳥飼さんが楽しんでいるからこそ、読んでいるこちらも楽しいのかもしれない。
鳥飼 アマネだけはどうしても、背負わせているものが重いから、深刻になってしまいますけどね。しんどい思いをさせているけど、頑張ってほしいなあ、と思いながら描いています。若い女の子が未来を生きるための選択肢をこれ以上減らさないでほしい、っていう気持ちは強くあるので、それが物語ににじんで、読者の方にも伝わればいいな、と。そうしてみんなが自分事として考えることができれば、世の中も変わっていくかもしれないですし。
――妊娠中絶というテーマに改めて向き合って、ご自身はどんなふうに感じていらっしゃいますか。
鳥飼 資料をいろいろ調べていく中で、古川雅子さんという方が書いた「経口中絶薬に関する3回連載」を読んだんですよ(※記事は今年、科学ジャーナリスト賞を受賞)。解禁に至るまでどんなドラマがあったのか、読み物としておもしろいんですけど、妊娠中絶は私の権利であって、全女性の権利でもあるのに、ずいぶんと遠いところですべてが決まってしまうんだなあ、とおそろしさも感じました。うかうか生きていると、知らないうちに社会の構造に飲み込まれて、流されてしまうんだな、と。意識しなければ絶対に知ることのできない大事なことが世の中にはたくさんある。だから、政治のこともちゃんと考えなくてはいけないということは、今後の物語でも描いていきたいと思っています。そこは、ゆるふわコメディではきかなくなってくる部分だろうから、緊張はしますけどね。
――それは、これまでみんなが目をそらしがちなテーマに、真正面から挑んできた鳥飼さんだからこそ描けることだと思います。読み心地は軽いけど、扱いは軽くない。ちゃんと奥があるし、一つひとつの描写に「あ!」と気づかされるし、考えさせられるんです。
鳥飼 ありがとうございます。レディースクリニックの医師が「経口中絶薬があるからって軽々しく性行為しないでくださいね」みたいなことを言ってきたり、「は?」って思うことって世の中にたくさんあるじゃないですか。一つひとつ許してはいけないことかもしれないし、私はいちいち怒るタイプではあるんだけれど、でもその怒りだけに人生を費やしていたら、疲弊してしまう。キリがないんですよね。その重さを背負いながらも明るく生きる道を模索する姿を私は描きたいし、自分も明るくありたいと思うんです。
フェミニズムの問題を我が事としてとらえてくれる男性は、ファンタジーだと思って描けなかった
――妊娠したかもって報告に元カレが「大丈夫そ?」とだけ連絡してきたり、ちょいちょい、「なんだこいつ、クソか」みたいな描写があるじゃないですか。それを、怒らないわけじゃないんですよね。「は? ふざけんな」とキレながら前に進む。その姿に、読み手も力をもらえると思います。
鳥飼 よかった。私もプライベートで、男性の当事者意識の低さに怒ったことは多々ありますけど、たぶん妊娠出産に関しては「(男性側は)どうしたって自分には理解できない」と線を引いてしまっている部分も大きいと思うんですよね。「自分にできるのはお金を出すことだけ」って割り切ってしまっているというか。それは決して間違っていないんだけど、それだけではどうにもならないこともたくさんある。
――女性側が「どうせわからない」と最初からあきらめてしまっている部分もあるなと、本作を読んで思いました。言っていれば、何か変わったかもしれないのに、と。
鳥飼 若い女性がひとりで出産して公園に赤ん坊を捨ててしまった、みたいな痛ましいニュースが流れると、「父親は何をしてるんだ」って意見が出てくるけれど、その人にとっては、自分の現実に父親である男性が介入してこないほうがラクだったんだろうな、と思ったりもします。自分ひとりで処理してしまったほうが最小限でおさめられる、と。その判断には、私も身に覚えがある。そんな自分に対するほのかな怒りもあるかもしれません。難しいですよね。「言えばいいのに」という正論もあるけど「言えない事情があることもわかれ」という気持ちもある。命を寿ぐ気持ちと邪魔に思う気持ち、その矛盾と同じように、相反するいろんな感情をどう按分すればうまく事が運ぶのか、マンガを描きながら試しているところも、ある気がします。
――ああ、だから……今作は、けっこう男性陣が重要な役割を担っているなと感じていて。女性だけが頑張らなきゃいけないわけじゃない、というのも「軽さ」のポイントだった気がします。
鳥飼 そこはちょっとファンタジーというか。これまでは、なかなか描けなかった部分なんですよ。男性がフェミニズムの問題を我が事としてとらえてくれる、一緒に向き合ってくれることなんて、現実にはなかなかないから、物語で描いてしまったあと現実に戻り、悲しくなってしまうのがいやだった。叶わないことは描きたくないって思っていたんです。でも……話を聞いてくれる、欲しい言葉を投げかけてくれる、そういう男性の理想像を描いてもいいんじゃないかな、絶対にありえないとはいえないギリギリのところを、楽しく描いてみたいなと今は思っています。だからテーマは重いけど、みなさんにもライトに楽しんでほしいなと思います。