旧家に伝わる呪いをめぐり、人々の思惑が交錯する本格ホラー小説『撮ってはいけない家』をレビュー

文芸・カルチャー

PR 公開日:2024/11/13

撮ってはいけない家"
撮ってはいけない家』(矢樹純/講談社)

「怪異」というものの存在をどこかで信じている。だから私は、それらにまつわる話を恐れる。「あるわけがない」と恐れを振り払おうとすればするほど、足元から恐怖が這い上がる。矢樹純氏によるホラー小説『撮ってはいけない家』(講談社)を読んでいる最中も、終始ぞわぞわとした感覚が爪先を支配していた。

 映像制作会社のディレクターである佑季は、ホラードラマ『赤夜家の凶夢(あかしやけのきょうむ)』の撮影を控えていた。アシスタント・ディレクターの阿南は大のオカルト好きで、怪奇現象や超常現象にやたら詳しい。そんな阿南のオカルト話にうんざりしながらロケハンに向かう佑季は、ある懸念を抱く。番組を企画したのは、佑季と長年懇意にしている小隈プロデューサー。彼の企画書には、現実との奇妙な符合が数多く見受けられた。その符合が偶然によるものなのか、あるいは意図的なものなのか、小隈の意図を掴みきれぬまま、佑季は悶々とする日々を送っていた。

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“赤夜家には、ある因縁めいた言い伝えがあった。その旧家の男子は皆、十二歳でなんらかの形で命を落とすか、行方不明になるのだという。”

『赤夜家の凶夢』のプロットの一節である。「赤夜家」のモデルとして撮影に協力してくれたのは、山梨県にある旧家の白土家ーー小隈の再婚相手、紘乃の実家であった。小隈には、小学六年生になる一人息子の昴太がいる。白土家と小隈が結婚すれば、昴太は「白土家の男子」となる。

 赤夜家は白土家をモデルにしているのではないか。阿南はそのように主張するも、佑季はそれを頑なに否定する。もし阿南の主張通りであるならば、実の父である小隈が昴太を危険に晒しているということになる。そんなわけはない。繰り返し頭をもたげる不安を振り払うために、佑季は何度も己にそう言い聞かせる。しかし、昴太の十二歳の誕生日を間近に控えてはじまった撮影の最中、昴太は行方不明になってしまう。

 昴太の母親は、彼が幼い頃に事故で他界していた。母の死後、昴太は奇妙な夢を見るようになった。その点も、タイトルにある「凶夢」の言葉からわかる通り、小隈のプロットと符合する。昴太が見る主な夢は、「知らない人たちが自分のことを囲んで、箸でつまんで食べてしまう夢」だった。夢の奇妙な現実感、見覚えのない情景、夢を見た際に感情とは関係なく涙が出ることが、昴太の夢の特徴である。旧家との結婚、十二歳の男子が迎える悲劇、凶夢。折り重なる現実と虚構の狭間で翻弄される人々は、争いようのない恐怖にいつしか取り込まれる。

 昴太の実母である美津と佑季は、大学時代からの友人だった。美津の死後、佑季は多忙な小隈に代わり、たびたび保育園のお迎えを買って出た。呪いや怪異といったよくわからないものに、大切な人を奪われる。その状況は、酷く陰惨で不条理なものである。だが、そんな状況下において、佑季は諦めることなく謎を解明すべく奔走する。昴太を助けたい。十二歳になる前に探し出さなければ、きっともう取り戻せない。そのことを本能で察した佑季は、阿南の協力のもと白土家の秘密に迫っていくのだった。

 白土家での撮影において、起こった悲劇は昴太の失踪だけではない。本来聞こえないはずの音声や映るはずのない映像が記録されたことで、その後の人生を大きく狂わされた人物がいる。その人物もまた、昴太と同じく、佑季にとって大切な存在であった。

 呪いは存在するか、否か。物語冒頭で、佑季と阿南はこの題材について議論する。当初、佑季は呪いの存在を真っ向から否定していた。しかし、呪いはいわば思念の集合体である。喜びや悲しみは、いつしか薄れる。ただ、残酷なほど深く刻まれた恨みの感情は、消えることがない。仮に一時的に薄れても、またすぐに浮上する。それが恨みであり、憎しみであり、やがて人に仇なす呪いへと姿を変えることに、私は特に疑念を持たない。

「知ってはいけない」真実があると知りながら、それでも本書をめくる手を止められなかった私は、いつしか白土家の謎に体ごと取り込まれていた。不穏な空気を感じながらも、撮影を止められなかったスタッフたちのように。最後の一行まで気を抜けない物語の結末は、思い出すたび私を震えさせる。片足を入れたら、もう戻れない。

文=碧月はる

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