“同担と出会ったら殺し合うのが必然”!? 推し、超高齢化社会、婚活などをSFと絡めたSF短篇集『推しはまだ生きているか』
PR 公開日:2024/11/15
サステナビリティ、推し、結果主義、婚活、超高齢社会…。現代の日本を生きる上で好むと好まないとに関わらず一度は見聞きするこれらの社会事象を、軽やかにSFという物語に溶け込ませたのが、短篇集『推しはまだ生きているか』(人間六度/集英社)である。
表題作「推しはまだ生きているか」は、荒廃した東京を舞台にしたポストアポカリプス小説である。本作はシェルター暮らしを続けるあみぱんが主人公。推しである配信者でポストアポカリプス系アイドルの「節目おわた」の配信が途絶えてしまったことを機に、彼女はタブーを破る。「推し」に凸る(突撃する)ことを決意するのである。レミントンのライフルを携えシェルターから地上に出たあみぱんは“おわ君”に凸るため、配信地点に向かう。
本作のテーマは「推し」である。SFは様々なテーマを実験的に表現できる懐の深いジャンルではあるものの、「推し」についていえば近年では『推し、燃ゆ』(宇佐見りん/河出文庫)で取り上げられ話題となった。その「推し」文化が本書でようやくSFの題材として登場したことに、SF好きとしてとても感慨深いものであった。また無駄に戦闘能力の高いあみぱんは道中に出会った同担女性たーつんと銃火を交えつつ(同担と出会った場合は殺し合うのが必然)、遂に推しの“おわ君”の真実に辿り着くのであった。
また「君のための淘汰」は、ハイスペック男子との結婚を目指して婚活に勤しむ港藍子を主人公にした婚活小説である。で、あるが、ある日、岩明均の漫画『寄生獣』を彷彿とさせる知性をもった謎の寄生生物が藍子の身体に侵入。自身の首に寄生した高度な知性をもつ「キスマ」との交流を経て藍子自身にも変化が訪れ、そして遂に藍子はハイスペック男子との結婚へと突き進むが…。
本作はSF短篇ならではの遊び心と茶目っ気、そしてケレン味に溢れており、著者自身がとても楽しんで本作を書いたことが伝わってくる物語である。これぞ短篇の醍醐味といったとても愉快な作品である。
『推しはまだ生きているか』収録作それぞれの優れたリーダビリティはさることながら、読者の想像力と並走するかのような物語世界の描写や人物造形によってノンストレスで読書を楽しませてくれるのも素晴らしい。
また、特筆すべきは、サステナビリティ、推し、結果主義、婚活、超高齢社会といった時代性ある社会事象をテーマにしながらも、それらに対して冷笑や皮肉めいた眼差しを感じさせないことである。フェアネスと言ってもよい著者のテーマへの眼差しは美しささえ感じるほどである。
そのほか、資源の名のもとに人間でさえシステムで循環させながら宇宙を100年以上も航行し続けている恒星間航行移民船を舞台に、限られた世界で抗う少女たちを描いた「サステナート314」、努力こそが評価される社会となった世界で機動外套という名のパワードスーツを纏って異星生物M&Mと闘うメルトと努力の英雄ノアの二人の繊細な心の機微を描く「完全努力主義社会」、そして異形の怪物「老骸」を殲滅する使命を負った福祉兵器円狗と生を閉じることを望んだ少女との行方を描く「福祉兵器309」など、同時代性に富んだテーマのSF全5作品が収録されている。作品の順番にはちょっとした仕掛けも施されているので、ぜひ収録順に読んでほしい。
文=すずきたけし