「1ページ読んだんだけど吐きそう」共感性羞恥を刺激されまくると話題の『面白くない話事典』。「面白くない話」の魅力とは? 【著者インタビュー】
公開日:2024/11/15
街中で聞いた「面白くない話」を、147エピソード、372ページという超特大のボリュームで集めて、1冊の本にする――。
書籍の価値の根幹にある「面白さ」を真っ向から否定する内容で、出版社の飛鳥新社でも書籍化を疑問視する声が上がっていたという『面白くない話事典』(伊藤竣泰/飛鳥新社)が、絶賛や怒りの声を集めて話題を呼んでいる。
本書に凄みを感じるのは、著者が「面白くない話」の収集活動を15年近く続けていること。そして、読むと普通に面白いエピソードもあるし、「愛らしさ」「懐かしさ」を感じる話もあるのに、全てのエピソードを手厳しく批判しているということだ。
「一体なぜ、こんな活動を?」「どうして面白くない話にそこまで執着しているのか?」といった疑問を、「面白くない話マニア」を名乗る著者・伊藤竣泰(いとう・しゅんた)さんにぶつけてみた。
「面白くない話」の集め方
――今もファミレスの店内のような空間で話を伺っていますが、こうした場所で「面白くない話」の収集をするわけですね。
伊藤竣泰さん(以下、伊藤):そうですね。ただ、今回の取材場所のように席が区切られているお店だと、少し話は聞きづらいです。区切られていない店なら、ワンチャン席を移動できますし。
――じゃあ仕切りがないお店だと「あっちの話を聞いてみよう」と移動することもあるわけですか?
伊藤:たまにやります。最初に席を選ぶときは、(面白くない話を聞けそうな人の近くを)選べるなら選ぶみたいな感じです。
――そのときは「面白くない話」の収集のためだけにお店に行くんでしょうか?
伊藤:自分はラップとか詩を書く活動もしているので、その場で書きつつ、チャンスがあれば聞き取りをする感じですね。
――面白くない話が発現しがちな場所、シチュエーション、集団などの特徴はあるのでしょうか?
伊藤:これから何か楽しい予定が控えていて、「ホクホク」「ウキウキ」「ワクワク」みたいな雰囲気を出している人たちは、面白くない話をしがちですね。なので街中の待ち合わせスポットでは面白くない話をよく聞けます。特定の場所で挙げてしまうと「ラウンドワン」に向かう人たちとかも面白くない話をしがちですね。ネガティブなオーラを出している人って基本的に面白くない話はしなくて、ウキウキしている人の方が自分をコントロールしきれずに面白くない話をするのかもしれませんね。
――本書には映画デート中の男性の「今日は、RADを映画館のスピーカーで浴びに来た感じもあるよね。てか、今のうちにポップコーンの味、噛み締めとこ!」という言葉も収録されていましたが、彼も確実にウキウキしてますよね(笑)。
伊藤:『君の名は。』を観るのが楽しみなのと、女の子とのデートで気持ちが上がっているので、(ウキウキ感の)2乗になってるんでしょうね。この時の話し手の彼からは「女の子にイケイケな自分を見せたい」という気持ちに加えて、「女の子と盛り上がっている俺、いいだろ?」みたいなオーラも感じました。
――その男性の話や、カフェで女の子をデートに誘いたい雰囲気で「今ならどこまでも行けそうだわ!! 江の島は余裕、猿島も行けるな。鬼ヶ島も行けそうだな?」とか1人で舞い上がっている男性の話は、読んでいて「女の子の前で張り切ってた昔の自分」を思い出して恥ずかしくなりました……。伊藤さんは女の子を前にして、そんな感じで「面白くない話」をしてしまった経験はないんですか?
伊藤:正直ありますし、そこは僕自身も脇腹というか、突かれると痛い部分かもです(笑)。デートでは「女の子といい感じになること」が一番の目的になって、こっちも必死に喋ってるので、「面白くない話をしないようにする」みたいな制御は僕もきかなくなっちゃうんですよね。
――やっぱりそうですよね(笑)。あとサービスエリアや動物園で盛り上がっている大学生の面白くない話も、40歳を超えた僕が読むと、「若い頃の自分も、自分たちの盛り上がりを見せつけたい気持ちから、周囲に人がいる状況で大声で喋ったりしてたな……」と恥ずかしさと懐かしさが入り混じった気持ちになりました。この本に収録されたエピソードの話し手は、大学生くらいの若い世代が多いですよね。
伊藤:学生の頃って時間持て余しがちで、「雑談の面白さ」に興味を持ったりする余裕があるんでしょうね。それが社会に出ると仕事の話が増えてるし、仕事の内容とか稼いでいる額とかで張り合うようになりますよね。そうすると「面白くない話」も減っていくんです。
あと性別でいうと、男性の方が「面白くない話」をすることが多くて。女の人は「めっちゃ面白い話があるんだよね」と最初に言い切っちゃうパターンはありますけど、10年以上集めてきてもウケ狙いが空振ることも少ないし、バラエティー担当の人はわりとちゃんと面白いです。
――本書には女の人の会話も収録されいてましたが、普通に面白い話が多かったですし、誰かが変なギャグを言っても、周囲がポジティブにフォローして乗っかっていく話術に好感を持ちました。
伊藤:確かに女の人は笑いでマウントを取り合わない印象ですね。あと、この本の元になった同人誌を読んだ感想として、30代、40代くらいの女性からは、「こういう面白くない話を(男性から)よく聞かされてきて、ずっとモヤモヤしてきたんですよ!」みたいな話をもらえることは多かったです。そういう共感してくれる人を見つけられたのも、この活動をしてきてよかったことですね。
――女性は、それだけ男性からつまらない話を聞かされてきているんでしょうね(笑)。
伊藤:そうそう。トークイベントを開催したときとかも、「ちょっと聞いてほしいんですけど、私が聞かされたこの話も『面白くない話』ですよね」という女性がたまにいます。
――ちなみに本を出してからの反響で印象に残っていることはありますか?
伊藤:「この著者は何様だ」みたいに書かれたのは、「そうかゴメン」という気持ちになりましたね。本を読んでない雰囲気で書かれたレビューを読むと、何か本人のコンプレックスを刺激したのかなと感じます。あと、書店でこの本を立ち読みしているカップルを見かけたことがあって、そのうちの女性が「1ページ読んだんだけど吐きそう」って言ってたのはショックでした(笑)。
「最後にひらめくなよ!」面白すぎてボツにした話
――1個1個のエピソードを読んでいくと、「面白くない」と言いつつも、会話のテンポもいいし、滑っていることも含めて面白いものが多かったです。普通に会話をただ並べただけだと、こんなに面白くはならないと思いますが、何らかの編集をしているのでしょうか。
伊藤:基本的に並べ替えや言葉を足すことはしません。空振りが分かりやすいように、会話のテンポを悪くしている相槌などを削っているくらいです。会話をメモる段階で「コレは違うな」と思ったら、もうメモもしていないんで。
――録音はしていないんですね。
伊藤:メモだけですね。表情とかも含めて「どのぐらいその人が(自分の話が面白いと)勘違いしているのか」も大事なポイントなので、録音だとその雰囲気は掴めないと思っています。
――「面白くない話」にも色々な種類のものがありますが、本書のエピソードは「話し手自身が『私(の話って)面白いでしょ!』と勘違いしながら喋っている」という点に重きを置いていますね。
伊藤:そうですね。「おしゃべりが全然得意じゃないんです」という人の話は僕の中で「面白くない話」の定義から外れるし、興味がないんです。それを記録して公開することはただの弱いものいじめみたいになってしまうかなと。でも勘違いしている人の方は聞いていてゾクゾクするというか「この後どうなっちゃうの」「このまま、どこまでこの人行くの?」みたいなのが楽しいんです。
――こうやって「面白くない話」を集めている中で、面白すぎてボツにした話もあるんでしょうか?
伊藤:ありますね。途中までは自然な流れで「面白くない話」だったのに、最後に良いオチが付いて結果的に面白くなってしまうことはたまにありますね。そういうときは聞いていて「せっかくいい流れで来てたのに、最後にひらめくなよ!」って気分になりますね。
「面白くない話」を集めるようになったきっかけ
――しかし、カフェやファミレスで「面白くない話」を15年近く聞き取り続けて、150本近く集める……というのは、相当な執念がないとできない活動だと思います。なぜこうした活動を続けられているのでしょうか?
伊藤:うちの両親は「出会いはボランティアサークル」という絵に描いたような善人で、自分はその父親から「面白くない話」をずっと聞かされ続けてました。母親は笑い上戸なので「お父さん面白い!」と笑ってるんですけど、僕は「聞いてて恥ずかしいし、この場所にいたくない……!」みたいな鬱憤を溜め続けて育ってきたんですよね。なので「人間観察が趣味」みたいな感じで、後天的に興味を持ってきた人とは少し違うかもしれないです。
――ご自身は昔からお笑いが好きで、本当の「面白い話」を知っていたからこそ、お父さんのつまらなさに敏感だった……という感じなのでしょうか?
伊藤:それが別にそうでもなくて、今でも正直お笑いには興味がないんです。あくまで「面白くない話」が好きというか、「この人、すごい空振りしてるな」「能力に不相応な感じで喋ってるな」みたいな部分が気になっちゃうんですよね。自分がわりと空気を読みがちな側の人間なので、空気を読めていない人を見たときに「危ない危ない!」「怖い怖い!」みたいな不安のアンテナが立ちやすいというのもあって。「俺だったら絶対そんなに面白いと思わないのに、こんなに意気揚々と喋るのは何なんだろう」みたいな興味が湧いちゃうんですよね。
――こうやって集めてきた「面白くない話」が1冊の本になるというのは1つのゴールだと思いますが、この先もこの活動を通して実現したいことはありますか?
伊藤:前から考えているのは、主人公が女性の恋愛ゲーム、いわゆる「乙女ゲーム」を作ってみたいです。攻略対象のバイトの先輩や、年上のイケオジとかが、全部面白くない話をしてくるノベルゲームですね。
デートで「ラウンドワンに行く」「映画館に行く」みたいな選択肢を選べるけど、どれを選んでも面白くない話を聞かされるという、逃げ場のない体験を味わえるゲームにして、「顔はカッコいいし、ギリ耐えれるかな」みたいな感覚を味わってもらいたいなと。支持者がいるならクラファンとかで予算を集めて作りたいですし、脚本も書く準備はできています。
――地獄のような世界ですね。
伊藤:もうちょっと非現実的なものだと、面白くない話をするキャストしかいないコンセプトカフェも作ってみたいです。
――それは……需要なさそうですね!! 10年以上個の活動を続けてきて、「面白い話を集めるのに飽きた」という感覚はないんでしょうか?
伊藤:ないですね。「この人たちは面白くない話をしそうだ」と思って聞きはじめても、本当に面白くない話に出会えるのは3回に1回くらいなんです。聞きはじめたら「何だ、普通の話か」ということも多くて、10年以上かけてこの本の147エピソードが集まった感じなので、そのレアさも活動を続ける動機になっているのかもしれないですね。
――手厳しく批判していますが、面白くない話が好きなわけですね。
伊藤:何だかんだ言って、好きなんでしょうね。恋人とも10年も続いたことないから、誰よりも寄り添い続けてくれている存在なのかもしれません。
取材・文=古澤誠一郎 写真=金澤正平
伊藤竣泰(いとう・しゅんた)
1991年生まれ。詩人。面白くない話マニア。幼い頃から父親の面白くない話を聞かされてきたことがきっかけで、他人の聞くに堪えない“面白くない話”に興味を抱く。大学在学中の2011年頃から本格的に街中で“面白くない話”の収集を始め、自らが実際に収集したエピソードをSNS上や同人誌上にて発表。最近は“面白くない話マニア”としてテレビ、ラジオ等メディアにも出演する。活動のモットーは「面白くない話は、面白い」。