津軽弁全開!独特で温かい世界観がクセになる。『自転車屋さんの高橋くん』著者の最新作『林檎の国のジョナ』をレビュー
PR 公開日:2024/11/29
相手にとっては何気ない一言が、心に刺さって抜けなくなる。それが重なると息苦しさを感じ、生きていくのがしんどくなってくる。心の強い人からみたら「甘えるな!」と言われてしまいそうだけど、確かにそこにある辛さ。そんな繊細で、重要な感情を描くのが上手い漫画家・松虫あられ氏は、ドラマ化もされた『自転車屋さんの高橋くん』(リイド社)の作者だ。
その松虫氏の最新作『林檎の国のジョナ』第1巻が11月28日に発売された。自分が今いる場所から逃れたくて林檎の国=青森県にやってきた主人公と、そこで出会う人々の物語。独特で温かい世界観がクセになる作品である。
主人公・加藤アリスはショップ店員として働く実家暮らしの25歳。先輩の「体型カバーして華奢見えすると思う」という言葉や、母の「足がカブみたい」という言葉に傷つきながらも、自分より太った人を見ると安心する。そんな自分と周りが嫌になり、仕事をやめて「死にたくはないけど消えたい」モードに陥ってしまう。そんな時、祖母から届いたりんごで小さい頃に行った青森を思い出したアリスは、祖母に会いに青森まで行くことに。
モヤモヤする現状から目を逸らしたくて、期間も決めず、いわば現実逃避の旅に出たアリスはまず津軽弁に驚く。「ワァ=自分」、「ナ=あなた」と一人称から違うのが津軽弁。筆者も東北出身だが、本作のセリフはリアル過ぎて何と言っているかわからないところもあった。『自転車屋さんの高橋くん』でも岐阜弁がしっかり再現されていたが、この地元の人々の会話を聞いている感じが独特の世界観と繋がっているのかもしれない。
先の説明からわかるように、アリスはふくよかな体型を過剰に気にしていて、いわゆる“ルッキズム”にとらわれている。『ブスなんて言わないで』(講談社)、『明日、私は誰かのカノジョ』(Cygames)などルッキズムをテーマにした漫画は近年多くみられるが、主人公が整形するわけでもダイエットするわけでもなく、地方移住するというのは新しい展開だと思う。
『林檎の国のジョナ』のキャラクターの中でも特に重要なのが正市。アリスが暮らす祖母宅の離れに住んでいる正市は若いキラキライケメン。なぜ祖母の家に住んでいるのか?祖母と“友達”とはどういうことなのか? 気になることは山ほどあるうえに、「こういう『まぶしい人』を避けてここに来たのもあるのに」とアリスは正市に劣等感を抱く。
タイトルにもなっている、ジョナゴールドの「ジョナ」というあだ名をつけたのも正市で、当初“林檎みたいに赤くて丸い”というニュアンスでつけたこのあだ名にアリスは嫌な気持ちになる。しかし正市自身にアリスの外見を否定する気持ちはなく、そう思ってしまうのはアリス自身が自分の外見を否定しているから。正市の不思議な優しさを感じる言葉や行動によって、アリスの自己肯定感が少しずつ生まれていく過程も見どころだ。
しかし正市は「頑張ったところでみんな自分の顔しか見ない」とこぼすなど、アリスとはまた違った方向でルッキズムにとらわれている様子。にこやかな普段の様子から一転、容姿を褒められることへのリアクションが不穏で仕方ない。見た目への悩みや母親との関係など、真逆なようで似ているものを抱える二人は今後どのような関係になっていくのだろうか。
さらにアリスは正市の紹介で、村の小学校で集団行動についていけない子たちのために新設された教室で“先生”をすることに。一人ひとりと真剣に向き合い奮闘するアリスだが、青森での生活はどうなっていくのだろうか? 気になる今後の展開に、早くも期待が高まる。
文=原智香