皇族の結婚をめぐるドラマが明かす、知られざる皇后たちの葛藤。王子の婚約破棄をめぐる陰謀、子を産み続ける妃の心の空白――
PR 公開日:2024/12/6
1組のカップルがつながり家族を作る結婚。しかしその制度は、親や親戚、相手の社会的立場などが関わるからこそ、2人の人間関係を超えたさまざまな問題がつきまとう。悩みが絶えず、人生そのものも左右するこの「結婚」のドラマを、日本で一番有名な一族である皇族を舞台にダイナミックに描くのが、『皇后は闘うことにした』(林真理子/文藝春秋)だ。
『李王家の縁談』でも皇族や華族の結婚問題をテーマにした林真理子氏が、そのスピンオフとして、さまざまな立場から皇族の結婚を描いた短編を集めた本作。政治を巻き込んだ結婚と、一度婚約した女性を拒絶した久邇宮朝融王の心に迫る「綸言汗の如し」。夫が妾との間に作った子どもを愛せない未亡人・実枝子の葛藤を描く「徳川慶喜家の嫁」。生い立ちも性格も違う腹違いの兄弟が、器量に差のある4人の内親王との縁談に揺れる「兄弟の花嫁たち」。15歳で皇族に嫁ぎ男児を産み続けるも、自らを蔑ろにする夫に耐える節子の物語「皇后は闘うことにした」。皇后に選ばれ結婚するが子を授からず、夫も病で失いつつある勢津子と義母・皇后が心を通わせる「母より」。それぞれ、結婚をめぐって揺れる知られざる皇族の心の内を描く。
王妃の中でももっとも翻弄され葛藤したのが、表題作「皇后は闘うことにした」のヒロイン・節子だろう。病弱な皇太子の子を産む妻として選ばれたのは、華族の麗しい女のような華やかさを持たない、おてんばで健康な15歳の節子。皇太子は結婚後も美しい女性に執心し、妻を顧みず興味のままに行啓する。節子は期待通り子どもを次々に産むも引き離され、心を削られていく。そんな苦境に立った主人公が、敵だと思っていた人物からかけられた言葉をきっかけに心を決めるまでのドラマが感動的だ。のちに皇后になった節子の活躍は、別の短編で語られる。そんな各話のリンクも面白い。
各短編の舞台は、帝が妻以外とも子を作るのが当たり前だった時代が変わり、皇族にも一夫一妻制が採用された近代。そのため皇族に嫁ぐ者には、内親王ではなく男子を産むことが強く求められた。政局に翻弄され、国民からも強い関心を向けられる皇族の結婚は、私たち一般の人間の想像を絶する。しかし本書で描かれるのは、結婚相手への愛憎や、嫁いだ先での葛藤や反発、引き離された子どもへの思いといった卑近な葛藤だ。そのどれもがリアルで人間味に溢れていて、結婚を体験、または意識したことのあるすべての人に覚えのある感情だからこそ、共感を呼ぶ。読者は、迷いながらも決断し、強く生きる登場人物ひとりひとりを愛し、もっと深く知りたくなるだろう。
皇室ウォッチャーであり、皇族の知識が豊富な林真理子氏が伝える高貴な世界にも、強く惹かれる。衣服や暮らしぶりなどの描写がこまやかで、教科書やメディアではわからない皇族の生き様に触れることができ、胸が躍る。知らなかった世界での濃厚な人間ドラマが味わえる1冊。
文=川辺美希