森下えみこ、どん底を乗り越えて「ようやく自分のことを描けるようになった」。45歳・独身漫画家が手に入れた軽やかな生き方
PR 公開日:2024/12/6
●宝塚の話だけして帰る人間関係の軽やかさ
——今回、かならず入れたいと思っていたエピソードはありますか?
森下:失恋で落ち込んでから立ち直るまでの話です。更年期も重なって、“もはやこれまでか…”って落ち込んだので、本当はこれで1冊描きたかったくらい。だけど宝塚との出会いがあって、まだ自分には心がときめくものがあるんだから、これからもそれを見つけていこうと思ったんですね。
——今でも宝塚に?
森下:はい。先々のチケットまで取っているので、“そこまでは生きなきゃ”って寿命が延びている感じ。好きなジェンヌさんが何人かいて、その方がトップになるまで見守ります(笑)。
——なんとなく、年齢を重ねてから宝塚や歌舞伎にハマる人は少なくないなと感じます。自分の好きなものに対して素直というか。
森下:そういうのいいなって、私も思ってました。宝塚の劇場前に行くと同年代の方がたくさんいて、生命のパワーを感じるんです。チケットを譲り合った方とご飯を食べることもありますよ。よく知らない相手だけど、宝塚の話だけして帰るっていう…。今はそのくらいの関係がラク。自分と相手を比べることもないですし。
——本の中でも“おばさんコミュニティ”の気楽さが描かれていましたね。
森下:東京だからこそ、かもしれない。東京にはいろんな人がいるから、井の頭公園(井の頭恩賜公園)あたりで中年がボーッとしていても不審者扱いされない(笑)。東京に来てから孤独を感じにくくなりました。
40代になったばかりの頃は社交的になろうと思っていましたけど、私の場合は無理だなって。信頼できる人が3人くらいいればいい。その上で、その場その場でお話しできる人がいればいいなって。人間関係が軽やかになりました。
——軽やか…この本に描かれた生き方を表すような言葉ですね。宝塚もそうですが、「歩く」ことでも体調が回復してきたとか。
森下:井の頭公園って懐が深くて、本当に助けられているんですよ。太陽浴びたいとか、緑の中を歩きたいと思って歩き始めたら、気分が良くなってきて。歩きたいから歩くとか、食べたいものを食べるとか、その時にやりたいことを行動に移すと満足感があるな、と実感しました。小さな積み重ねですね。
●人と比べることなく「自分はこんな感じ」
——45歳で似合う服は少なくなったけど、「おばさんでいい=私はおばさん=私でいい」と、自分の変化を受け入れて自己肯定感が高まる話に、励まされる人は多いと思います。
森下:何を着ても似合わなくて。それを“おばさんっぽい”って自虐的になると悲しいけど、“おばさんだから仕方ない”と思ったら気が楽になったんですね。“自分はおばさんくらいがしっくりくるな”っていう話だけだと弱いかなと思って、自己肯定感のことを描いたら線がつながりました。
——一人暮らしの地震に備えて、ただ怖がるだけではなく、考えたり調べたりするようになった話には、人としてより賢く迷いなく生きる感じがありました。
森下:ただ悩むだけではなく、どうして怖いのか、どうして嫌なのかを考えるようになりました。それに、何もしないでいると体力が落ちて、考え方も凝り固まっちゃうのが40代。視野が狭くなると描けなくなるから、もっと広くいろんなものを見て視野を広げるようにもなりました。
——『45歳(独身)、どんな感じ?』という問いかけに、ご自分で答えを出すとしたら?
森下:45歳になった時、ちょうどいいなって思ったんです。私にとっては「いい感じのおばさん」くらいがちょうどいい。『どんな感じ?』っていうタイトルにしたのは、線引きしたかったから。私の人生だけが45歳の生き方ではないし、「私はこうだけど、みんなはどう?」って。だから、ああいうラストになりました。
——じんわりと心に沁みるような温かいラストでしたね。
森下:この年になってから、やたら人に感謝するようになって。独身の一人暮らしだけど、いろんな人に助けられているんです。直接じゃなくても、めぐりめぐって誰かが助けてくれる。描いているうちに「あの人にも、この人にもお世話になってる」と気持ちが動き出して、自分でも驚くくらい、いい感じにまとまりました(笑)。
じつは『40歳になったことだし』の後、描けない時期があったんです。「独身でつらいことを描いてほしい」「求めているのはこれじゃない」「だから結婚できないんだ」などと言われたことに傷ついて。でも私が感じることに嘘はないし、何を描いたらいいんだろうと…。そんな時にも編集さんに助けられて。
やっと今、自分のことを描けるようになりました。人と比べなくなったし、誰に何を言われても自分はこんな感じでいいんだって思えるようになったからですね。
今50歳ですが、結婚しなきゃっていう気持ちはないし、ずっとひとりで頑張っていこうとも思わない。臨機応変に生きたい。これまでなんとかやってきたから、やっていけなくなったら、その時に考えるしかないですね。
——60代、70代になったらどんな変化があるのか、この先を読みたいファンも多いと思います。
森下:生きてるかどうかもわからないですけどね(笑)。でもコミックエッセイは、依頼があってもなくても描き続けたい。今描いているものを10年後に読み返したら、“なんでこんなことで悩んでるの?”って感じるかもしれませんね。悩みって、ずっとそこにあるものではないから。
——悩みはずっとそこにあるものではない…。深い言葉ですね。
森下:同じ悩みをずっと抱えてるのってめちゃくちゃしんどいから。私の場合は時間とともに薄れていきました。だから今悩んでいる人も、思いつめないでほしいなって思います。
取材・文=吉田あき