スランプに陥った作家、自信が持てない編集者…望月麻衣の「満月珈琲店の星詠み」シリーズ最新作は、人々が本心を取り戻すまでの物語

文芸・カルチャー

PR 公開日:2024/12/6

満月珈琲店の星詠み〜月と太陽の小夜曲〜"
満月珈琲店の星詠み〜月と太陽の小夜曲〜』(望月麻衣/文藝春秋)

 満月の夜は願い事が叶うのだと、幼い私にそう教えてくれたのは祖母だった。月の光は太陽よりも静かだけれど、そのぶん大いなる力を秘めているのだと。子どもだった私は、魔法のようなその話が大好きで、もっともっとと祖母にせがんだ。望月麻衣氏の連作短編小説『満月珈琲店の星詠み〜月と太陽の小夜曲〜』(文藝春秋)は、あの当時のワクワクする気持ちを想起させる。

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“――『満月珈琲店』には、決まった場所はございません。
時に馴染みの商店街の中、終着点の駅、静かな河原と場所を変えて、気まぐれに現れます。”

 この冒頭からはじまる本書は、著者の大人気シリーズ「満月珈琲店の星詠み」6作目にして、これまでに登場したメンバーも続々登場する「オールスター巻」でもある。本書から読みはじめても問題なくストーリーを楽しめるが、1作目から読み返すと、壮大な物語の流れがより深く味わえる。

 本書では、二季草渉(ふたきぐさ わたる)という作家の存在を中心として、彼にかかわる周囲の人たちの人生がたおやかに描かれている。二季草渉は、デビュー以来コンスタントに新作を発表し、多くの作品が映像化・コミック化される人気作家だ。しかし、彼は深刻なスランプに陥り、何年もの間、小説を書けない状態であった。二季草の担当編集を務める「春川出版」の草刈吉成は、二季草が都内から四国の香川へ引っ越したことを機に、編集補佐として新人の藤森光莉に香川へ向かうよう指示を出す。

 光莉は、誰もが知る資産家の藤森グループの一人娘で、そのことを負い目に感じていた。資産家の家に生まれたとなれば、何不自由なく育ってきた様子を想像するだろう。だが、光莉は出生にある秘密を抱えていた。それゆえに、藤森グループの恩恵を受けるたび、肩身の狭い思いをしてきた。そんな折、挨拶で顔を合わせた二季草の言葉を聞き、光莉の頬を涙が伝う。

“当時の僕は、呼吸するのが苦しいくらい生きるのがつらかった”

 同じく生きるのが苦しいと感じていた光莉は、二季草の語りに共鳴するかのように身の上話を打ち明ける。涙と一緒で、出してしまえば楽になることもある。また、誰かの想いに触れることで、心が軽くなることもある。二季草と光莉の間には、そんな優しい共鳴が起きた。

 二季草との打ち合わせの帰り道、ふと思い立って故郷の横浜に立ち寄った光莉は、「満月珈琲店」と書かれた看板が置いてあるトレーラーカフェに出会う。そこでは、大きな三毛猫と、執事風の中年男性、銀色の長髪を一つに束ねた美しい人が開店準備を進めていた。光莉が声をかけると、みな一様に驚き、「どうして、あなたがここに?」と問い返す。まるで光莉のことをよく知っているかのような彼らの言動を不思議に思っていると、三毛猫がマスターであると名乗り、星座や月の動きについて説明をはじめる。彼らが言うには、光莉がこのカフェに来るのはまだ早く、幾つもの季節と変化をたどらなければならないらしい。

“あなたは、約三年半後、再びここを訪れます。その時にどういう自分でありたいか、しっかりとイメージしてください”

 本書の端々で登場する「満月珈琲店」は、人々を穏やかに誘う道標のようだ。迷える人の灯台、凍えた人の暖炉。そんな温かみを感じるカフェには、魅力的なドリンクやスイーツが用意されている。光莉が受けとったのは、「満月のランタンパフェ」と「月夜のホットジュース」だ。ネーミングだけでも心が浮き立つメニューの味や風味を想像するのもまた、本書を味わう上での醍醐味である。

 スランプに陥った作家、自信が持てない編集者、妹と自分を比べてしまう姉。章ごとに切り替わる登場人物たちは、みな緩やかにつながっている。ポイントごとに占星術の描写があるも、難しい説明は一切ない。物語の中に違和感なくとけ込む星々と月の連なりは、私たちの生活にも気づかぬうちに根ざしている。

 一貫して、優しい物語である。中でも、この一節は特に忘れがたい。

“人はね、誰かに褒められても、自分で自分を褒めてあげないと、まったく満たされないものなのよ”

 本書の核は、この一節にあると個人的には思っている。「できていること」より、「できていないこと」を探してしまう。そうやって苦しくなっている人が、本書には多数登場する。現実世界にも、同じような人は星の数ほどいるだろう。自分を褒め、慈しみ、己を内側から満たす。それは言うほど容易くないが、方法はある。たとえば、優しい表紙で彩られた物語を眠る前に読むのもいいだろう。三毛猫マスターが誘う「満月珈琲店」へ足を踏み入れるとき、私の口角は、きっと上がっているはずだから。

文=碧月はる

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