血まみれの札束が理性を壊す。幸せな暮らしを蝕んでいく金の魔力を描くサスペンス『ファミリープラン』
公開日:2024/11/28
『ファミリープラン』(白泉社)は『ただ離婚してないだけ』(白泉社)、『ハスリンボーイ』(草下シンヤ:原作/小学館)などで知られる本田優貴氏の最新作で、過去作から通底する人間の弱さやそれにより生じる暗部が巧みな筆致で抉り出されている。
きれいで広い新築のマイホームに住んで、子どもも3人くらい作って家族で幸せに暮らしたい。しかし、現実的には中古の安い物件をリフォームして住むのが精一杯。子どももひとり養えるかどうか……そんな風に思い悩む人も現代社会には少なくないだろう。
この物語の主人公・優介(ゆうすけ)も、現実と理想の間で揺れ動く家族計画を抱えて暮らしているどこにでもいる青年であった。
「意外にや 人間…欲張ったらダメになると思うねんな―― なんだかんだでそこそこが一番幸せと思うねん」
と語る優介と、それに同調する妻・彩乃(あやの)はささやかな幸せを享受し生活していた。
しかし、ある日彼らに人生の大きな転機が訪れる。それは、ふたりが参加した山へのバスツアーの最中に起こった。
男性に人気の美人ツアーガイド・奥山(おくやま)、もうひとりのガイドである梅沢(うめざわ)、たまたま優介たちと住まいが近いことが判明して仲良くなった陽キャ気質の石橋(いしばし)一家など、さまざまな人々との出会いもありながら、豊かな自然に囲まれた環境でリフレッシュして平和に過ごしていた休日は、優介たちが偶然にも森の中で血と泥に塗(まみ)れた大量の札束を発見してしまったことで一変する。
現実でもしばしば大金を拾った人のニュースが報じられるが、遺失物は警察に届け出れば持ち主が現れても5~20%の謝礼を、3カ月経っても持ち主が現れなければ全額を得る権利が発生する。しかし真面目に働いているだけでは得られない、人生を一変できるほどの莫大な富が、善人に見えた者・穏やかだった者たちの建前を剥ぎ取り、本性を剥き出しにしていく。大金を我が物にしようと、とんでもない行動に出始める人々の変貌ぶりには、大きな恐ろしさを感じる。
本当に大切なものはお金では買えないと頭では分かりながらも、実際に札束の山の前に立てば目の色が変わってしまうのが人間の脆弱性である。深く昏い部分へと加速度を増していく物語からは、どんどん目が離せなくなっていく。
優介は過去に金銭にまつわるつらい経験があることがほのめかされている。大金に翻弄され、目の前で変容していく人々を前に、金という魔物に対して複雑な想いを抱える彼がどのように考え行動していくのか。
普段は倫理や道徳の下で穏当に生きていても、きっかけひとつで人はそれらをたやすく失ってしまう。もしあなたが優介たちと同じ状況に立たされたとき、自分は変わらずにいられると言えるだろうか。
文=兎来栄寿