知念実希人が描く、新時代のがん治療をめぐる光と闇。医療サスペンス小説の続編『サーペントの凱旋 となりのナースエイド』

文芸・カルチャー

公開日:2024/12/7

 ※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2025年1月号からの転載です。

知念実希人さん

 ナースエイドは、患者の食事介助やベッドメイキングなどを行い、看護師をサポートをする職業。医療行為は許されていないが、患者を一番近くで支える存在だ。そんな仕事にスポットを当てたのが、昨年刊行された医療サスペンス小説『となりのナースエイド』。今年1月には川栄李奈さんの主演でドラマ化され、こちらも好評を博した。

取材・文=野本由起 写真=鈴木慶子

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「ナースエイドは、看護師が専門性の高い業務に集中できるよう、仕事の一部をサポートするスタッフです。ナースエイドがいない病院もありますし、あまりなじみがない職業かもしれませんが、大きな病院では看護師の負担を減らすために配備されています。ドラマではその仕事を描きつつ、オリジナル要素も入れて小説とは違った展開に。素敵なドラマにしていただき、ありがたかったです」

 それから約1年後、続編『サーペントの凱旋』が刊行された。知念さんによると、実はこちらの構想のほうが先にあったという。

「当初、テレビ局のプロデューサーから『映画化を視野に入れ、男性医師が活躍する作品を書いてほしい』というオーダーをいただいていたんです。そこで、医療知識を取り入れつつ、現代にふさわしいリアリティのあるプロットを考えましたが、すぐには実現しませんでした。そんな中、その方と同じチームのドラマのプロデューサーから『ナースエイドを主人公にした連続ドラマを作ってもらえませんか?』と提案を受け、最初の案の設定を借りてドラマ用のプロットを考えることに。それを小説にしたのが、前作『となりのナースエイド』です。ドラマ10話分のプロットを作ったうえで、エピソードを取捨選択しながら小説に落とし込むという特殊な書き方だったので、いつもとは違う大変さがありましたね」

『サーペントの凱旋』も、執筆にあたって当初のプロットから大きな変更を施している。

「設定も一部変えましたし、コメディタッチだったドラマに合わせて雰囲気を少し軽くしました。ドラマをご覧になった方も楽しめるよう、キャラクターも違和感のない程度にドラマに寄せています」

対照的な医療観を持ちながら 互いに高め合うふたり

 前作で描かれたのは、大学病院で働く新人ナースエイド・桜庭澪の姉をめぐる事件。外科医だった澪は、姉の死に責任を感じ、メスを握ることができなくなっていた。そこで、医療行為を伴わないナースエイドとして働き始めるが、同じ病院の天才外科医・竜崎大河とは医療観が合わず衝突してばかり。そんなふたりが、事件の真相に迫っていく。

「バディものは、対照的な人物がぶつかったほうが話が転がりやすく、面白くなります。澪と竜崎は、どちらも医療に対して真摯に向き合う人物ですが、患者さんに寄り添う澪に対し、竜崎は技術が第一。感情を排除した先に、理想の医療があると考えています。そんな正反対のふたりが、同じ目標に向けて互いに高め合っていく。恋愛関係ではない、ともに戦う仲間として彼らを描きました」

 新聞記者だった澪の姉は、ある事実を掴んだために殺された。前作では、犯人らしき人物までは突き止めたものの、動機や背景はわからぬままだった。新たな物語が幕を開けるのは、それから3年後。トラウマを克服した澪は、外科医とナースエイドを兼務し、多忙な日々を送っていた。しかも、彼女は新時代のがん治療装置「オームス」を操作できる唯一のテストオペレーターでもある。この装置は、竜崎の師である亡き火神教授が開発を進めていたがん治療の救世主。万能免疫細胞「火神細胞」を改良した「新火神細胞」を患者の血管内に投与し、オペレーターが「新火神細胞」でがん細胞を攻撃することで、腫瘍を体内から消し去るという革新的なシステムだ。巨大製薬会社パナシアルケミに勤務する火神玲香は、父の遺志を継ぎ、このプロジェクトを先導。澪とともに、がん根治手術を成功に導いていた。こうした設定には、現役医師として今も患者に向き合っている知念さんの知見が生かされている。

「医療の進歩により、今では遠隔でも手術ができますし、ロボット手術も進んでいます。『オームス』も『新火神細胞』ももちろんフィクションですが、ストーリーを展開させるために必要な設定を細かく考え、いずれはこういうことが実現できるかもしれないという発想で書きました」

 そんな中、前作で医師免許を剥奪され、海外に渡っていた竜崎が澪の前に突然姿を現す。彼は海外で何を調査していたのか。そして、なぜ日本に帰ってきたのか。物語は前作から大幅にスケールアップし、ハリウッド映画のようなスリリングな展開を見せる。

「映画化を見据えていた作品なので、映像にした時に映えるようなプロットを考えていました。次に何が起こるのか知りたい、早く先を読みたいと思っていただけるよう、ラストに向けて物語を加速させ、一気にカタルシスを与える。エンターテインメントの基本に沿って、展開を考えています」

 銃撃戦やヒットマンとの格闘などのアクションシーンもふんだんに盛り込まれている。知念さんには合気道や柔道、総合格闘技の経験があるため、その描写も真に迫り、目の前で戦いが繰り広げられているかのようだ。

「アクションシーンは映像が頭に浮かび、それを文字にしていくことが多いですね。アクションに限ったことではありませんが、経験を生かして書くことでリアリティが生まれるのだと思います」

 やがて浮かび上がるのは、あらゆる臓器に同時多発的に悪性腫瘍が生じる奇病「シムネス」、その治療に役立つ「火神細胞」や「新火神細胞」に関する衝撃の真実。医療行為のリスクとベネフィットについても、作中で語られていく。

「どんな医薬品にもリスクはあります。それでもベネフィットが上回る場合、患者さんにリスクをすべて説明し、同意を得たうえで使用するのが基本です。ただ、そこに特別なメッセージを込めたわけではありません。私の場合、読者に楽しんでいただくのが第一ですから、自分の考えやメッセージを入れることは基本的にありません。キャラクターが繰り広げる物語を、楽しんでいただけたらうれしいです」

後ろを振り返らず 目の前の作品に向き合いたい

 2025年1月には『となりのナースエイド』スペシャルドラマの放送も控えている。こちらは『サーペントの凱旋』とはまた違ったストーリーが展開されるそうだ。

「ドラマのプロットは書いたものの、この取材を受けている10月末の時点ではまだシナリオが出来上がっていなくて。どんな展開になるのか、私にもわかりません(笑)。映像化には多くのスタッフが関わりますから、基本的におまかせし、一視聴者として楽しむようにしています。今後『サーペントの凱旋』が映像化されるかどうかも、まだ決まっていません。もしそうなればうれしいですが」

 シリーズ第3弾の構想も、今はまだ考えていないという。

「ひとつの作品を書き終えたら、あとは読者に楽しんでいただくだけ。振り返ることなく、すぐに次の作品に取り掛かります。このシリーズも、もし続編のご依頼をいただいたら、その時点でまた一から考えることになるでしょうね。この先2、3年は新作の予定が入っているので、目の前の作品にひとつずつ向き合い、来年もペースを落とさず書き続けたいと思います」

知念実希人
ちねん・みきと●1978年、沖縄県生まれ。2011年、第4回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を受賞し、12年、『誰がための刃 レゾンデートル』(のちに『レゾンデートル』と改題し文庫化)で作家デビュー。主な著書に「天久鷹央」シリーズ、「祈りのカルテ」シリーズ、「放課後ミステリクラブ」シリーズ、『ムゲンのi』など。

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