ダ・ヴィンチ編集部が選んだ「今月のプラチナ本」は、浅倉秋成『まず良識をみじん切りにします』

今月のプラチナ本

公開日:2024/12/6

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

 ※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2025年1月号からの転載です。

浅倉秋成『まず良識をみじん切りにします』

●あらすじ●

腹立たしい取引先に復讐をするため、山中のコテージでデスゲームを開催することにしたサラリーマンや(「そうだ、デスゲームを作ろう」)、行列が延び続けるクロワッサン専門店と店に対する友人たちの言動になんとも言えない焦りを感じる主婦――(「行列のできるクロワッサン」)。日常に潜む違和感や、普段は言葉にするのをためらう感情を鮮やかに、そして強烈に描き出した短編集。

あさくら・あきなり●1989年生まれ。2012年に『ノワール・レヴナント』で第13回講談社BOX新人賞Powersを受賞し、デビュー。 21年に刊行の『六人の噓つきな大学生』が本屋大賞にランクイン、現在実写映画が公開中。『俺ではない炎上』『家族解散まで千キロメートル』など著書多数。

『まず良識をみじん切りにします』書影

浅倉秋成
光文社 1760円(税込)
写真=首藤幹夫
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編集部寸評

 

すがすがしいほどアンモラル

「伏線の狙撃手」として名を馳せる著者だが、本作に収録された作品群はひと味違う。越えてはいけない一線を痛快に、次々と飛び越える。まるで不道徳ハードル走だ。DIYデスゲームにかける執念。同調圧力の成れの果て。気持ちの悪いものとは何か。してはいけないことをやる快感。名付けという呪い――。過剰な正義に支配された社会の、良識が覆う薄皮を剥いて丸裸に。馬鹿馬鹿しいようでハッとさせられる瞬間が度々訪れる。そこに爽快感を覚えてしまった私の心は、すさんでいるのですか?

似田貝大介 本誌編集長。編集部に復帰して間もなく一年。年末進行という悪夢に再会しました。久しぶり。色々ありましたけど、来年は良い年になりますように。

 

良識派諸兄の読後感やいかに

良識をみじん切りにするのは難しい。自分は概ね良識的な人間だし、他人もそうであるべきという前提で生きているからだ。本書に出てくるのも良識的人物ばかり。そんな人々が徐々に異常を来し破滅していく。「絶望と現実を隔てているのは、こんなにも薄い「膜」なのだ」という一文が象徴する通り、普通の人の「膜」がふとしたことで破れ、地獄の蓋が開いていく作品集、と要約してもいいだろうか。そのカタルシスに恐怖するかドン引きするかあるいは――良識的諸兄の読後感やいかに。

西條弓子 「自分は概ね良識的な人間だし」って自認のやつは概ね良識的じゃないのでは?とも思いますが、ともあれ皆さま良いお年をお迎えください。

 

こんな日常は嫌だ

嫌な取引先がいても自作のデスゲームに誘い込もうとはしないし、みんなが美味しいと言っているものを食べるために何カ月も並んだりしないし、自分の結婚式で気に入らないことがあっても招待客を残して控え室にこもったりしない。普通は。でも不確かであいまいな「良識」が私たちを抑制しているだけで、やろうと思えばできてしまうのだ。社会がどれほど危ういバランスの上に成り立っていることか。大喜利の回答のようなおかしな状況を面白がって読みながらも、背筋がぞくりとする。

三村遼子 今年作家生活20周年を迎えた辻村深月さんにたっぷりお話をうかがいました。白辻村と黒辻村と称される作風の違いを写真でも表現。ご堪能ください!

 

自分の「膜」も割れていく

冒頭の「この本の美味しい召し上がり方」という、遊び心のある項目に期待を高めページをめくると、想像以上の世界が広がっていた。憎い取引先の相手を貶めるため、笑えるほどに手の込んだデスゲームを作るサラリーマンや、チームを裏切り世間を震撼させたプロ野球選手。良識と隣り合わせに生きていた人たちが、怒りや不安によって、良識が崩れ、「膜」が割れていく様は目が離せない。もう一人の自分が、「膜」を破って暴れ回っているような感覚で、癖になる読書体験だった。

久保田朝子 長い夏が終わると、すぐに年末モードへ突入。早くもおもちにハマり、いろいろなトッピングを楽しんでいます。マイベストは王道のあんこです。

 

斬新な世界観のなかにある共感

「行列のできるクロワッサン」で描かれるのは、吉祥寺のクロワッサン専門店「イゴル・エディ」をめぐる物語。オープン以来、当初は10人に満たなかった列が次第に延びていき、全長400㎞にも及ぶように(最後尾は三重県)。斬新な世界観である一方で、そこで描かれる感情は身に覚えのあるものばかり。新しいものへの反発心、過去を思い返しての後悔、共通経験を得ていない焦燥感……。それにしても、全長400㎞超の行列ができるほどのクロワッサンとは。ぜひとも食べてみたい。

前田 萌 だいぶ寒くなってきた今日この頃。実は家にこたつを設置したことがありません。ぐうたらしてしまう未来は見えつつも、初こたつの冬に……?

 

「正しさ」が歪める世界

“良識”とは「物事の健全な考え方」のことを指すという。では、物事の健全な考え方とは一体なんなのか。本書を読んでいるとその答えが徐々に遠ざかっていき、深い沼に引きずり込まれるような感覚に襲われる。憎しみや羨望、裏切りなど思わず目をそむけたくなる感情の詰め合わせである5つの短編。それぞれが信じた「正しさ」に向かって突き進んだ先に見える景色にはそこはかとない奇妙さが漂う。読後、自分自身も世間の「正しさ」の渦中に立たされていることに気づかされるはずだ。

笹渕りり子 忙しない日々でサボり気味だった掃除、洗濯をまとめてこなす。手っ取り早く自己肯定感を上げる方法は家事をすることではないかとつくづく思う。

 

今ここで突然叫び出したらどうなるだろう

と、考えたことが何度もある。静かな空間にいるときには特に。実行したことは、一度もない。自分は選ばない、でも、想像はしうる無数の可能性。それを選びとってみたらどうなるか、という小説だったと思う。第3章「花嫁がもどらない」では、〈気持ち悪いもの〉が原因で控え室から出てこない花嫁のために、二次会において気持ち悪いと思われるものについて糾弾が始まる。ほぼこじつけの内容に「一理ある」なんて思う気持ちを抑えようとする自分の“良識”に、感謝する? それとも……。

三条 凪 布団から出られない季節になりました。手の届く範囲に必要なものを置けるように、ベッドサイドにミニテーブルを導入……加速させてどうする!

 

良識も自分の価値観もみじん切りに

なぜ結婚式の余興に少し冷めた視線を送ってしまうのか、なぜ行列のできるお店に並ぶことをプライドが許さないと思うのか。余興なんて本気でやれば楽しいし、行列のできるお店には行列の理由があるはずなのに。だが、この本はそんな読者のひねくれた心をそっと肯定したうえで、極致を見せてくれる。あまりの極致ゆえに、もはやそれは「ひねくれ」なのか、もしかしたら「ひねくれてない」側が少数派なのでは?とすら思わされる読後感。良識も、常識も、すべて分解される新体験をぜひ。

重松実歩 逆張り精神の塊なので、だいたい周囲から1年以上遅れて人気コンテンツにハマり、SNSでかつての盛り上がりを追いかける日々。来年は直したい。

 

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