思い切りとセンスに感心! キャラクターの好きな食べ物の設定から学んだこと/好きな食べ物がみつからない②
公開日:2024/12/7
『好きな食べ物がみつからない』(古賀及子/ポプラ社)第2回【全6回】
周りからどう思われるかも気になり、本当に好きな食べ物がわからなかったエッセイストの古賀及子さん。「好きな食べ物はなんですか?」この問いに、うまく答えられない人は多いのではないでしょうか。自分のことは、いちばん自分がわからない。どうでもいいけど、けっこう切実。放っておくと一生迷う「問い」に挑んだ120日を、濃厚かつ軽快に描いた自分観察冒険エッセイ『好きな食べ物がみつからない』をお届けします。
デザインされたプロフィールにおける「好きな食べ物」
中学生の娘はサンリオのキャラクターであるポチャッコが好きだ。最近急にその魅力に気づいたのだという。
ある日、そろそろ寝ようかと横になると、隣の寝床から娘に「ねえ」と声をかけられた。
「ポチャッコの名前の由来、お母さん、知ってる?」
「えっ、知らない。なんだろう」
「ぽちゃぽちゃしてるから、だって! 公式のプロフィールに書いてあった」
娘はあはは! と笑って続ける。「ぽちゃぽちゃしてるって、なにそれ!」
たしかに、ふくよかなことをぽっちゃりしているとは言うけれど、ぽちゃぽちゃしているとは、少なくとも書き言葉としてはあまり使わない。娘はそういうところのキャッチアップが機敏で抜け目のないところがある。
ポチャッコのようなキャラクターたちは、アニメや漫画といったフィクションの物語を遂行するために生み出されるキャラクターとは違って、最初から存在そのものが仕事だ。あとからアニメやマンガになることはあっても、そもそもは姿かたちやそのようすを愛でるために世の中に登場する。どのような存在かを際立たせるため、デザインされたプロフィールを背負っていることが多い。
物語から発生するキャラクターが物語上必要があって設定が表出するのとは違って、キャラクターとしてはじまるキャラクターは、都合の制約がない分、プロフィールが思い切っている。
有名なのはハローキティの身長と体重だろう。身長はりんご5個分、体重はりんご3個分、だ。これぞまさにプロフィールのためのプロフィール。意味はなく、純粋にかわいい猫のキャラクターであることを訴求する意図だけがここにはある。
この世界線では、ぽちゃぽちゃしているからポチャッコがポチャッコである、その公式が、ひょうひょうとして成立するのだ。
ある日、娘とスーパーに行くと、お菓子のコーナーに「サンリオキャラクターズチョコレート」というのがあった。不二家から出ている、ハローキティ、マイメロディ、シナモロール、ポムポムプリンそしてポチャッコがかたどられた棒付きチョコレート菓子だ。
ポチャッコのファンである娘はもちろん、サンリオ全般が大好きな私も色めき立った。「かわいい……!」「かわいいね……」
駄菓子がたくさん揃ったこのコーナーでは主に小さな子どもたちが熱心に品定めしていたが、中学生と大人である私たちもその輪に加わってわふわふ鼻息を荒らげた。娘はやはりポチャッコのチョコレートを選んだ。
帰ってきてさっそく食べはじめた娘が、チョコレートをなめながらパッケージを差し出して言うのだ。
「ポチャッコの好きな食べ物はなんでしょう? って書いてある。ヒントがこれだって」
示された部分には、コーンにのったアイスクリームらしいものの黒く塗りつぶされた影が描かれている。
「アイスクリーム……だよねえ」
「ね、影にしたところで隠せてない。簡単だ」
ふたり甘く見てそう会話して、けれど正解を見るとこう書かれているではないか。
正解:バナナアイス
バナナアイス!
そうきたか、だ。娘は感心している。
「アイスクリーム、じゃだめなんだ。その先まで届かせて、バナナアイスまで行かなくちゃキャラクターの好きな食べ物にはならないんだね、厳しいね」
この発言は、好きな食べ物を宣言する難しさそのものを言い表していると私は思った。厳しい。そう、厳しいのだ。好きな食べ物は。
ポチャッコの好きな食べ物が「バナナアイス」であることからは、アイスクリームからもう一歩その先へ行く、思い切りとセンスが学び取れる。
<第3回に続く>