転校先で好物を聞かれてパニック! 第一印象を気にしすぎて出た謎の回答/好きな食べ物がみつからない③
公開日:2024/12/8
『好きな食べ物がみつからない』(古賀及子/ポプラ社)第3回【全6回】
周りからどう思われるかも気になり、本当に好きな食べ物がわからなかったエッセイストの古賀及子さん。「好きな食べ物はなんですか?」この問いに、うまく答えられない人は多いのではないでしょうか。自分のことは、いちばん自分がわからない。どうでもいいけど、けっこう切実。放っておくと一生迷う「問い」に挑んだ120日を、濃厚かつ軽快に描いた自分観察冒険エッセイ『好きな食べ物がみつからない』をお届けします。
好きな食べ物をみんなの前で発表する!
好きな食べ物の表明に、はじめて直面したのは小学5年生の夏だ。夏休みに転校した私は、転校先の学校の教室でクラスメイトの前に立って挨拶をすることになった。先生が黒板に「古賀及子さん」と、ふりがなをつけて大きく書く。漫画と同じだと思った。
「こがちかこです。よろしくおねがいします」
「みなさん、仲良くしましょうね、古賀さんに何か質問のある人はいますか」
私が引っ越したのは開発まっただなかのニュータウンだった。小学校には新規で分譲された住宅に越してきた子どもたちが次々転入してくる。
先生も生徒も、誰もが転校生に慣れていた。自己紹介のあとの質問も、だからばんばん手が挙がる。先生に当てられた子が元気良く立って言った。
「好きな食べ物はなんですか」
易しくて楽しい質問でよかったですね、という雰囲気でもって優しくにこにこ私を見守る先生。クラスメイトたちも、給食の前に食べ物の話が出るだけでちょっとテンションが上向いているのが分かる。
しかし私は緊張で喉が閉じた。好きな食べ物って、なんだっけ。
正直に言えばハンバーグだ。レストランに行けばぜったい頼むし、母が作る高さがあってごろっとした肉の食感のあるハンバーグは当時家族全員の好物だった。
でもどうだろう。小学5年生で「好きな食べ物はハンバーグです」というのは、ちょっと無邪気すぎやしないか。もっと大人びていたい。みんなへの印象を良くして、新しい学校生活をパワフルなものにしたい。
そうだ、ピラフはどうだろう。引っ越しで夏休みはおおむねつぶれたけれど、祖父母がプールに連れて行ってくれたときに入った喫茶店で選んで食べたばかりだ。きれいなお皿に平べったく盛られてやってきたピラフは、野菜や小さな海老で彩られ、全体が油できらきらしていた。チャーハンとはぜんぜん違う味がして、おしゃれでうれしかった。ただし、1回しか食べたことはない。
だめだ、こういう他愛ない質問は、悩めば悩むほど周囲からの回答への期待値が上がり、発言の重みは増す。なんでもいいから大きな声で元気に言って、適当に笑って流してもらうこと、それが肝要だ。とにかくなにか、なにか言おう、なにか。
「アボカドです」
ちょっと教室が、ざわっとした。
アボカド……?
みんなの頭からハテナがぷかぷかうかんで教室の天井に吸い込まれていくのが、見える。
し、しまった……。
追い詰められた結果、ほぼ反射で思いもよらず出た言葉だった。人間というのはよく分からないもので、自覚なく体が動くことがある。うっかり喉から言うつもりのないことばが出てしまうことも、ある。
アボカドは今でこそ大人気食材だけれど、これはまだ90年代の話だ。新しい食材としてちらほら名前は聞くようにはなっていたが、まだ手軽に買えるものではなく、私自身当時食べたことが実際あったかどうかというとあやしい。
テレビで観たことがあったのだ。変な名前だなと印象に残っていた。白状すると、ドリアンと混同すらしていた。
即答せねばと思ってつい欲が出た。変わった名前の珍しい食べ物を言って、笑いがとれないかと下卑たのだ。
実際、ざわついて謎を頭に浮かべるも、クラスのみんなの受け止めは好意的だったと思う。ちょっとはウケた。
「あはは、アボカドなんてよく知ってるね。わさび醤油で食べるとおいしいなんて聞きますね」
先生がほがらかにフォローして、私は用意された席についた。
<第4回に続く>