AIが書いた小説、過激な意見を書けないSNS――テクノロジーの進化が人々に与えるのは、豊かさか、退廃か

文芸・カルチャー

PR 公開日:2024/12/5

暗号の子"
暗号の子』(宮内悠介/文藝春秋)

 ここ数年におけるテクノロジーの進化は凄まじく、時折その発展は、人間をも置き去りにする。つい先日も、X(旧Twitter)社が発表した規約改定をめぐり、「イラストや画像のAI学習」の是非がSNS上で議論された。結論から述べると、もはやXだろうがブルースカイだろうが、AI学習を拒絶することはできない。インターネット上に放流された情報は、さまざまな手段で取り込まれ、学習される。テクノロジーの進化が人々に与えるのは、豊かさか、退廃か。二元論で語るにはあまりに難解なテーマに、宮内悠介氏の短編集『暗号の子』(文藝春秋)は一石を投じている。

 全8章からなる作品はそれぞれが独立しており、テクノロジーの進化に伴う人々の変化を描くほか、架空の旅の紀行文も収録されている。本書収録作品のひとつ「すべての記憶を燃やせ」は、早川書房『S–Fマガジン』で企画された「小説家がAIを使って掌編を執筆する」という試みに基づいたもので、全体の98.7%ほどをAIが執筆している。設定やキャラクターは先に著者が指定しているとはいえ、AIがここまでの精度で小説を書けることには、恐れを禁じ得ない。

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 表題作である「暗号の子」は、新たな暗号通貨をトピックとして用いている。主人公は、株の投資で生計を立てている22歳の女性・梨沙。発達特性や家庭環境の問題から、社会に適応することが難しく、人との関わりを極力避けて生きてきた。梨沙の母親は、アルコール依存症がきっかけで命を落とした。学校でのイジメに加えて、母親の死に直面した梨沙は、心のバランスを崩し自傷行為を繰り返した。父親は娘の行為を止めようと必死になったが、ことごとくその方法を間違えた。梨沙と父親は共通した特性を持っており、それゆえにすれ違った。誰も悪くないのに、互いを傷つけ合う。家族間において、そのような事象は数多ある。

 そんな梨沙に、カウンセラーは「ASD匿名会(アノニマス)」と呼ばれるオンラインコミュニティを薦める。参加するためには暗号通貨が必要で、その工程が参加者を意図的に選別していた。はじめは半信半疑で参加した梨沙だったが、レゴラスなる人物との出会いにより、当該のコミュニティにのめり込んでいく。しかし、コミュニティ内のある人物の行動により、梨沙の人生は大きく反転する。

 第3章で描かれる「ローパス・フィルター」なる物語も、大変興味深い。技術開発者である結城佳宏は、「分断のないSNS」を目指して、「穏やかに呟け(Tweet Calm)」と称されるアプリを開発した。ローパス・フィルターとは、文字通り「フィルター」の一種で、一定の周波数より低い信号には影響を与えず、それ以上の周波数の信号を遮断する効果を持つ。結城が開発したアプリは、過激な意見や扇情的なつぶやきをすべて表示させない機能を備えていた。穏やかな日常や落ち着いた議論を取り戻すために開発された「Tweet Calm」は、SNS上の空気を一新した。だが、その裏側で少なくない人が追い込まれ、自ら命を絶った。

「Tweet Calm」には、ある後ろ暗い噂があった。その噂は、多くの人が抱える差別意識や選民意識が色濃く反映されていた。噂の真相が明かされたのち、辿り着いた物語の結末に、私は静かに安堵した。本作において、私は明確に「淘汰される側」の人間だから。

“スマートフォンを使い、常時ウェブを使うわたしにとって、SNSはいわばライフラインだ。
けれどその水道には、沈鬱な黒い毒が流れている。”

 この一節には、深く頷くよりほかない。私自身、物書きという職業柄、SNSを日常的に使用する。だが、その川はあまりに広大で、一度流れた黒い毒はあたり一面に広がり、思いがけないところで毎日誰かを傷つけている。AIを作るのも使うのも人間なのに、なぜこうも人はAIに振り回されるのか。著者のあとがきにもあるように、「AIには人間の尊厳を奪い取る側面がある」と私も思う。だからこそ、うまく使いこなすには知識と技術が必要で、求められる知識はテクノロジーの分野にとどまらず、人文学や哲学、道徳、倫理などの側面も必須であろう。5年後、あるいは10年後、この小説で描かれた世界が実現する可能性は否定できない。そのとき、私たちは果たして、どれだけ正常に抗えるだろうか。

文=碧月はる

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