白尾悠「親友や恋人にならなくても『いい隣人』にはなれる」。孤立を防ぎ、手を貸し合う隣人たちの物語に託した願い【インタビュー】
PR 公開日:2024/12/6
「大変だ、というあなたの感情が大事」弱さを開示して得られた支え
――登場人物の誰もが自分だけの荷物を背負っており、隣人たちとの交流を通して少しずつ荷物を軽くしていく様子が印象的でした。白尾さんご自身にも、似たような経験はございますか。
白尾:そうですね。留学時代は寮にも住んでいましたし、ハウスシェアもしていたので、他者と助け合える環境にありました。海外ではやはり言葉の壁があり、どうしても伝わらない部分があったので、必要に迫られるうちに自然と困りごとを自己開示するようになったんです。
もちろん、それでも理解されないことはありますが、多くの友人たちは「大変だったね」と言ってくれて。内容が具体的にはわからなくても、「大変だ、というあなたの感情が大事」と言ってもらえて、気持ちが楽になりました。
――詳細がわからずとも、「大変なんだ」ということを理解してもらえるだけで救われる部分はありますよね。
白尾:そう思います。社会人になってからも、自分がチームを率いる場面でマネジメントがおぼつかないときがあって。アシスタントや後輩含めて、「この部分が難しい」と開示すると、みんな「じゃあこうしてみようか」と手を差し伸べてくれました。その結果、チームのみんなが“本当にいい仕事をした”と思えるような結果に繋がったり。少しだけでも手を貸し合う、ちょっと肩を貸す。それだけで楽になれることがたくさんあります。
――本書の中で、子育ての比重を増やすために職場での立ち位置を変えた和正さんが、「僕ら家族は弱い部分を曝け出したお陰で、助けてくれる人にたくさん会えた」と語る場面があります。この一言は、かつてのご自身の経験から生まれたのでしょうか。
白尾:それもあります。あとは、「強い男性が理想」みたいな社会のあり方が、みんなにしわ寄せを及ぼしているように思うんです。だから、彼が弱さを表に出していく大切さを書きたかった。私は男性ではないので、あくまでも想像でしかないのですが、「こうあるべき」という理想の男性像に重圧を感じている方は多いのではないでしょうか。
――住民の中にはシングルマザーもシングルファザーもいて、特にシングルファザーの義徳の描写が印象的でした。多忙でありながら支援の手が届きにくい父子家庭の現実を、義徳本人ではなく、妹の由美子や息子の大我の存在を通して描いた理由を教えてください。
白尾:これは、まず由美子さんありきで書きたいと思ったんです。協働生活に対する外部の視点を入れたかったこともあり、由美子さんはココ・アパートメントの住人ではない立ち位置にしました。その上で、由美子さんが甥の大我とどのようにかかわっていくのかを入口にしたところ、義徳のキャラクターが出来上がりました。バリバリ働いて稼いで、家にはめったに帰ってこない父親像。その歪みがはっきり見えるようにしたかったんです。
怒りと希望。どちらも手放さずに物語を紡ぐ意思
――本書では、性的同意やモラハラ、性虐待など、数々の社会課題についても描かれています。世間では重く捉えられがちな社会課題は、案外すぐ近くに当たり前のように転がっているのだと痛感する描写が多々ありました。
白尾:以前、フラワーデモに参加した経験があるのですが、運動のきっかけになった判例や参加者の経験を知り、その中には近親者が加害者である事例も多数見受けられました。性被害は“思っているよりずっと、身近にたくさんある”という感覚を持っています。でも現実に起きている問題を無視して共同親権の話が推し進められていたり、本当に許せないことが多くて、そうした私の怒りがストーリーに影響していると思います。
――日本は性教育が遅れている実態もあり、性的同意に関してもいまだに誤った認識の人が多いですよね。
白尾:私が学んだアメリカの大学では、入学時に性的同意や性感染症などに関する指導を受けます。でも、日本はまだまだ動きが遅く、早い時期からの性教育の必要性、プライベートゾーンの話も含めて、変わっていかなければならないことがたくさんあると感じます。
昔からよく言われる「いやよいやよも好きのうち」とか、本当に許しがたい。「No means No」なんだと、広く周知されてほしいです。この問題に関しては、私も常日頃から怒っているし、悲しんでいます。過去作でもその思いがあふれていますが、私自身が性暴力のサバイバーでもあり、ずっと向き合い続けなければいけない問題だと思っています。
――既刊の『サード・キッチン』では、多方面における差別問題が大きなテーマに据えられていました。本書のみにとどまらず、これまで出された全作を通して、「考え続けていくしかない」という強い信念と、「人と人は手を取りあえる」という祈りのようなものを感じます。
白尾:さまざまな社会課題に対して、怒りの感情と共に「すぐには変わらないけど前へ進むには希望を持つしかない」と思っていて。せめて自分の小説の中では、希望や祈りを織り交ぜていきたいんです。それで作品を読んでくださった方が、少しでも明るいほうを向けたらいいな、と。無縁社会における孤立も、さまざまな問題を引き起こす要因になっている気がします。
別に親友や恋人にならなくても、「いい隣人」になれる可能性はある。ほどほどの、*「いやんべ(いい塩梅)な隣人」。そういう存在がいることで孤独が和らぎ、社会そのものが優しくなれるといいですね。
*注釈)いやんべ=東北の方言で、「いい塩梅」「ちょうどいい具合」という意味。
取材・文=碧月はる 撮影=川口宗道