【第十食】ホッとする味が欲しいとき。所沢「山田うどん本店」

更新日:2016/4/13

とある雑誌連載で知り合ったアラフィフのオヤヂ3人に、二回りも年下の編集者は尋ねた。「あなたたちは普段、何を食べているんですか?」。
オヤヂたちはもう半世紀も生きてきて、それなりにいろんなものを食べてきた。その中で、これは紹介しておきたいと思える自らの「食堂」に青年を連れて行く。店に入れば、一口食べれば、それ以上の情報などいらないと信じて。
いつものように、肩の力を抜き、愛するメシをただ食べる。紹介者の思いは同行者たちの胸を打つのだろうか。青年はそのとき何を思うのか。

【オヤ食巡礼者】

北尾トロ●ライター、猟師。各地に点在するうどんチェーン、カツ丼やオムライスがメニューにある町の中華屋に入り浸る。狩猟を始めて山の肉をガシガシ研究中。

日高トモキチ●漫画家、大学のセンセー。ジャンクフード全般をこよなく愛している。塩分、カロリーに気を使いつつ順調にカラダが丸くなってきた。

カメラのハラダ●カメラマン。野球は巨人、ロックは矢沢。男臭いのが好きで、好物はラーメン。旨いと聞けばストーンズ聴きながらどこへでも駆けつける。

K青年●編集者。20代ながら、酒の飲み過ぎで内臓に不安を抱え、カロリー制限を受けている。立場的にオヤヂたちのカジ取り役だが、それは最初からあきらめ、連れまわされるに任せようと決めている。

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 人生80年として、自らの意志で食べるものを決める期間はどれくらいあるか。幼少期の10年を除き、70年で計算すると、毎日3食食べて7万6650回。朝昼晩それぞれ2万5千回程度だ。40歳の人間はすでに30年分、3万3千食近く食べている。45歳以降は後半戦。残り時間を考えると一食たりとも駄飯は許されない。くー、アセるぜ。未知なる店の未知なる味を求めオヤヂたちは…とはならないんだよね。

「なりませんか」

「むしろ逆です。人目を気にせず、自分の好みに忠実な食事をしたい。とくにひとりのときは」

「好物を食べまくるわけですか」

 ちょっと違うかなあ。ラクな食事というか、ホッとする味。よく行く店っていうのは、味とは別に、その空間に身を置いたときに落ち着いた気持になれる良さがある。今日は軽く冒険して初めての店に行くか、というときでも、そこにいる自分を思い浮かべ、違和感がないかどうかを確認してから入るようなところがあるのだ。といって、おふくろの味というのではないよ。外食でありながらもくつろげ、どこか懐かしさのある店。味のレベルは普通で十分。とりたてて旨いわけでもないのに満足感がある。それが最高なのだ。百聞は一見に如かず。今回はみんなで郊外に繰り出そう。行先は埼玉県所沢市。

「ぬ、伝家の宝刀を抜きますか」

(注:北尾は『愛の山田うどん』『みんなの山田うどん』の著者)

 そろそろ頃合いだと思ってね。埼玉のソウルフード、社長自ら”うちの方針は安くて早くて腹いっぱい”と言い切る『山田うどん』の本店アタックを敢行したい。

山田うどん本社に堂々飾られていた北尾のサイン入りTシャツ

「それならオレがクルマを出すよ」

「電車のほうが速いし便利じゃないですか」

 そこには山田気分を盛り上げるためのハラダなりの計算があるのだよ。山田うどんは埼玉県を中心に、関東のロードサイドで約150店舗を展開するローカルうどんチェーン。トラック運転手や営業マンなど、クルマで乗りつけて食べるスタイルが主流なのだ。さすが、わかってるねハラダは。

「ロードサイドの店には独特の雰囲気がありますよね。さあ腹が減った、何を食べようか。運転しながら目の端でチェックして選んでると『ここだ!』という店がふいに現れる。ファミレスなのか、和食系なのか、それとも肉系、あるいはラーメン。何でも良さそうで、いざとなるとけっこう悩んだりして、何か自分の中の基準があるんでしょうね」

 そして、ここだと決断してウインカーを出し、ハンドルをキュッと切る瞬間がやってくる。

「ただ、山田は入ったことないんだけどね」

「え?」

「だから楽しみなんだよ。とうとう山田に行く日が来たかと」

やたらとラーメン推しな「山田うどん 本店」

「本店だけあって広いです。座敷席があるけど雰囲気は一見ファミレスに近いですね。メニューも多彩で迷う。あれ、ここはうどん屋ですよね。セットメニューが目につくんですけど」

「うどん以外がやたらと充実している。想像したのとずいぶん違うな」

「むしろ、うどんが目立たない。いいんですか、うどん屋がこれで」

 そうくると思ったよ。写真をよく見てみろ、セットメニューに、背後霊のように写り込んでいるのは何だ。

「あ、うどんですね。ご飯があるのに、全品にうどんがついている。しかも、このうどん一人前ですね。でかいです」

 山田ではうどんがつくのが当たり前。いちいち写し込んでいたらメニューがうどんだらけになるため、あえて目立たなくさせているのだ。どんなことがあろうとも客を満腹にさせてみせる。それが山田の考え方だ。そうそう、社長にはもう一つ口癖がある。”うちはカロリーのK点超えを目指します”だ。セットメニューを完食した場合、どれを選ぼうと千キロカロリーは突破すると言われている。時代の趨勢に逆行しようとも我が道を往く。ポリシーがそのままメニューに現れている。しかも創業以来ずっと。見よ、この店内。清潔感こそあれど、洒落っ気などどこにもないぞ。

「基本、働く男の食堂なんだな。気に入ったね。さて、何を食べるかな」

「私は不動の人気ナンバーワン、かき揚げ丼セットに挑戦します」

「ボクはビール行きたいですね。山田飲み」

「オレはカレーのセットにしてみよう」

 餃子は二人前。キャンペーン期間中だから一皿150円なのだ。パンチ(モツ煮込み)も外せない。アイドルグループのももいろクローバーZがライブ前によく食べることでファンに知られるようになった山田の名物だ。ちなみに商品名のパンチは、新商品を開発するとき、パンチのある名前を付けたいと誰かが言ったのがそのまま採用されたらしい。だったらパンチでいいじゃないかと。

「トロさん、鶏つけうどんなんですか。人に勧めるわりにガツンと行かないですね」

 それほど空腹じゃないのだよ。そういうとき、サラリと山田を楽しむスタイルを実行しようかと。

「言い出しっぺがそれじゃ示しがつかない。せめて相盛りにしよう」

 ひとりきり注文し、店内を眺めると空席が残り少ない。現在、午後6時。夜のピークに向けて店内は活気を増してきた。

「私の元へかき揚げ丼セットがきましたが、写真以上のインパクトがありますね。炭水化物のカタマリというか、全体に漂うチープさが食欲をそそりますよ!」

「このカレーは懐かし系だね。うどんと合う」

「生ビールも、安いからとナメたらいけません。泡がきめ細かい。サーバーがよく手入れされてますよ。餃子も合格。通常でも200円ちょいでしょ、たまらんです」

パンチ(もつ煮込み)。400円

一番人気のかき揚げ丼セット。580円

かかしカレーセット。590円

鶏ごぼう汁のつけうどん・そば相盛り。690円

餃子。210円

 食べ始めた3人から絶賛の声が上がる。意外なのは味の評価が高いことだ。山田の良さは普通さであり、うまいかどうか考えることなく食べ終え心地よい満腹感とともに席を立つことのできる安心感、財布への優しさにあると、私は考えてきたのである。

「いえ、これはうまいです。こんなかき揚げ丼は食べたことがない。近くにあれば、ワタシ通いますよ」

 酒をお代わりし、締めにみそラーメンを追加したKはどうなんだ。仮にマズイと言っても山田は怒らないぞ。

みそラーメン。480円

調子に乗ってナポリタンも注文。490円

思い思いに山田を楽しむ面々。撮影を開始した17時30分はガラガラだった店内がその後いっぱいに

「ラーメン好きとして正直に言いましょう。普通においしいラーメンです。専門店のような凝った味ではなく、気持ちよく食べて、店を出たら忘れてしまうような味。つまり何度でも食べられる飽きのこないラーメンだと思います。その証拠に、お客さんが食べてるものをよく見てください。女性客の大半がラーメン食べてるでしょう」

 本当だ。周囲はファミリー客や女性グループが多いのだが、どのテーブルにもラーメンがある。たぶん、くどさがないためだとKが言った。なるほどなあ。でもハラダよ、肝心のうどんはどうなんだ。コシがなくて物足りないことはないか。日高にも言いたいことがあるだろう。かき揚げ丼はいいけどうどんはね、とか。

「正しいうどんでした。量が多いかなと思いましたが入っちゃいますね」

 ハラダを見ると汁が一滴も残っていない。ラーメン屋や立ち食いそば屋でもそうだったが、この男は満足度をスープ飲み干しで表すのだ。
 感動した。さんざん山田を食べてきて、山田との距離が近い私は、味について的確な評価をする自信がなかったのだが、初体験の男たちがきっちり高評価を下してくれた。しかも…。

「デザートメニューがありますね。ワタシ、おしるこください」

「オレも!」

「酒、もう一杯おかわり」

シメにまさかのおしるこ。300円

 テープル上に甘味屋と居酒屋が同居する異様な午後7時。店を出たKがしげしげとレシートを眺める。4人で飲み食いして4920円。家庭料理とは一線を画す、普通の食事がここにある。
 見上げれば、1960年代末に日本で初めてロードサイドに取り入れられた回転看板、山田のかかしが夜のしじまを照らしていた。


ごちそうさまでした!


山田うどん 本店

住所:埼玉県所沢市大字上安松1032
電話:042-995-1311
http://www.yamada-udon.co.jp/

文=北尾トロ 写真=原田豊 イラスト=日高トモキチ

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