3年前に書かれた乃木坂46・高山一実さんの初短編小説『キャリーオーバー』
更新日:2018/12/4
「ひゃく、おくえんか……。」
これを手にすることができれば、僕に不可能はなくなる。体内から湧き出てくる妄想は歪んでいた。僕を散々いじめてきた奴らへの復讐だ。有り金でその手のプロを何人も雇ってそいつらの幸せを全部潰してやる。一人残らず絶望の淵に突き落としてやるのだ。僕は微笑みながら宝くじ売り場を探した。
宝くじというのは十枚で一セットになっており、複数枚買う場合には「バラ」と「連番」から選んだりするものだが、何しろこの宝くじは一枚三万円もするのだという。あまりにも高価だが、どうやら感情つきというオプション(?)がそれに値するものらしい。
「一枚一枚、性格も違って楽しいわよ~。ペットを買うって考えれば出せない額じゃないでしょう?」
窓口のおばさんは押し売りする感じではなく、柔和な笑顔に好感が持てた。幸いにして、僕は貰ったばかりの初任給を大事に鞄に入れていたので、それをこの一枚に捧げた。当選発表までは3週間。夢を買ったのだから、存分に見せてもらおう。
しかしまあ、感情つきという意味がさっぱりわからない。家に着いてから、言ってしまえばただの紙切れにすぎないそれを眺めていると、紙が独自の力で立ち上がった。
『この度はおいらを買ってくださりありがとうございます。』
「ひっ……喋った。」
これがこいつとの出会いだ。よく見たら真ん中に小さい切れ込みがあって、そこが口の役目をしている。感情つきというのはこういうことなのか。幼い頃から喋るという行為に嫌悪感を抱いていた僕は、不機嫌にならざるを得なかった。紙も僕の表情を見て、それ以上話そうとしなかった。
翌々日のこと、うっかりアラームをかけ忘れて眠りについてしまった僕は、いつもの起床時間を過ぎても布団にくるまっていた。
『あの……朝になったよ。あ、昨日君が起きてた時間を過ぎたから。迷惑だったらごめんね。一応報告です。』
超控えめな口調の3万円の紙によって僕は起こされた。結果その日はギリギリ遅刻せずに済んだ。少し助けられた感はあったが、調子に乗って冗舌な喋りを浴びせられても嫌なので特に礼は言わなかった。
一応100億円予備軍のこいつを、外に出る時は財布に入れて持ち運んだ。同じく財布に入れているSuicaを改札にかざす時、微妙な磁気がかかるらしく、毎回『わっ。』と声を出すのがうるさい。