車田正美が描く、自伝を超越した「超自伝」が誕生! その見所を自ら解説してくれたぞ!〈インタビュー前編〉
更新日:2016/3/14
2014年に「熱血画道40周年」を迎え、原画展の開催や劇場作品の総監督など多彩な活動を展開した車田正美先生。その「ファイナル企画」として2015年に『週刊少年チャンピオン』誌上で、自身初の自伝となる『藍の時代-一期一会-』を発表。同年12月、単行本となって発売された。自伝ではあるが、内容は「車田イズム」全開の車田ワールド。この「超自伝」と銘打たれた作品は、一体どのようにして生まれたのか。車田先生に直接伺ってみた。
【プロフィール】
1974年『週刊少年ジャンプ』にて『スケ番あらし』でデビュー。以後『リングにかけろ』『聖闘士星矢』『ビートエックス』など、数々の人気作品を世に送り出し、少年漫画界に確固たる地位を築く。アニメ化された作品は日本だけでなく世界各国で放送され、熱狂的なファンは世界中に存在。熱い男たちの生き様を描く「車田イズム」を全面に打ち出すその作風は、ド派手な擬音や演出と相まって、ある種の「文化」として受け入れられている。
─「熱血画道40周年」おめでとうございます! やはりこのタイミングということで自伝を描かれたのでしょうか。
「実はそれほど『40周年だ!』という感じで打ち出したわけではないんだよね。以前からアイディアはあって、時期的にちょうどいいかな、と。それと高倉健さんが亡くなられて、ご存命のうちに出しておけばよかったという思いもあって、このタイミングになったということかな」
─やはり気になるのは「超自伝」というフレーズですが、これはどのような経緯で付けられたのでしょうか。
「このフレーズは俺が付けたものじゃなくて、編集部のほうで付けたんだよ。『これは自伝を超越した何かだ!』って(笑)。作品はあくまでも実際にあったことを脚色したもので、事実半分、脚色半分と思ってもらえればいい。あとがきにも書いたけど、みんなバカばっかりやってたからね。下町のそういう雰囲気が、根底に流れているんだ」
─自伝をこのように描こうと思ったのはどうしてですか?
「他の作家の自伝って、みんな優等生な作りなんだよね。真面目に『漫画道』を歩んでいく、みたいな。なんかピリッとしない、そういうのはちょっと違うなと思ってね。まあ『藍の時代』はピリッとしすぎというか、普通の漫画道じゃないよね(笑)」
自伝であっても、そこは漫画。あくまでインパクトや娯楽性を追求する車田先生らしいスタイルだ。では『藍の時代-一期一会-』は、どのような事実をどのように脚色しているのか。全8話で構成されている各話の内容を簡単に触れつつ、そのポイントを車田先生に解説していただいた。
●第1話
友人たちと高倉健の映画を見て盛り上がる東田正巳少年。1960年代、ヤクザのような人種がカッコイイという風潮が、下町には色濃く残っていたのだ。そして東田たちも、ヤクザ者の「健さん」に憧れていた。しかし彼らは「健さん」から、悲しい現実を学ぶことになる……。
─このエピソードでは、やはり「健さん」がメインだと思いますが、この人は実在の人物ですか?
「そうだね。やっぱり高倉健さんは『男』の象徴なんだけど、それとダブらせた本物のヤクザ者の『健さん』。この人のモデルはひとりじゃなくて、何人ものエピソードを入れてるんだよ。当時の下町にはあんな人たちがたくさんいて、行儀のこととか注意されたりしてたな」
─宇津木刑事との交流も描かれていました。
「もちろんああいう人もいたよ。ちょうどウチの前に警察署があって、子供の頃なんてしょっちゅう出入りしてたな。2階に道場があったから、そこで柔道も教えてもらってたよ。でも警察署に出入り自由って、今では考えられないよな(笑)」
●第2話、第3話
親友のジュンが入院している病室で、何気なく『週刊少年ジャンプ』を手にする東田。そこに載っていた本宮ひろ志の『男一匹ガキ大将』を読み、激しい衝撃を受ける。友人たちに漫画家になることを勧められ、ついに1本の作品が完成。それを集英社に持ち込むが……。
─ここでの本宮先生のエピソードですが、これは事実なんですか?
「本宮先生がヤクザと喧嘩したって場面は創作だけど、『男一匹ガキ大将』の見開きの場面を見て衝撃を受けたのは本当。当時の主人公ってさ、正義のヒーローが多かったのよ。正体を隠して仮面を被り、悪を倒すみたいな。でも『男一匹』は全然違う。なんたって不良が主人公だからね(笑)」
─『男一匹ガキ大将』を見て、漫画家を目指したんですか?
「いや、それを見たのは高校1年ぐらいの時だったから、その時は別になろうとは思わなかったけど、きっかけではあったね。で、高校3年の時、大学に行こうかどうしようかという時に、ちょっとやってみようかな、と。それで夏休みに、初めて漫画を描き上げたのよ。で、その作品を『少年ジャンプ』に応募したんだ」
─本編では持ち込みでしたけど、実際は応募だったんですね。
「当時『ヤングジャンプ賞』というのがあってね。それに応募したんだけど、全然佳作にも入らなくて。ああ、やっぱダメかなあと思ったね。それでもこの世界がどんなものか知ろうと思って、編集部のほうへ行ったら『じゃあアシスタントでもやってみる?』ってことになって、『侍ジャイアンツ』を描いていた井上コオさんのところに行ったんだよ」
─持ち込みをしている時に、中村さんという人に出会いますが、この人は……
「そうそう、その人もいるわけだよ、実際の人物が。アシスタントをやってる時にも、いろいろな人が井上さんのところに出入りしていた。それでお金を借りに来るんだよね、3歳くらいの子供を連れてさ。それで井上さんも貸しちゃうのよ(笑)。それを見て、漫画家ってのはホントにキツイ仕事なんだなって。デビューしたからどうにかなるもんでもないなって思ったよ」
─中村さんが「漫画の命はネームです」というアドバイスを残しますが……。
「やはり持ち込んでダメなのはネームがダメだから。ネームが面白ければ、編集部でも通るわけよ。ネームってのは、いわば漫画の設計図。家だっていい壁紙貼ったりしても、土台が設計からダメだったら、すぐに崩れちゃうだろ? 漫画もそう、ネームがキチッとしてないと、途中でダメになるんだ。これは俺がこの世界でやっていくうちに、自然と身に付いたことなんだよね。だからあの台詞は俺の言葉なんだけど、中村さんが言ったように脚色したんだよ」
●第4話
高校を卒業した東田は、アルバイトをしながら漫画を持ち込むがボツ続き。そんなある日、集英社ではなく『週刊少年チャンピオン』の秋田書店へ足を向ける。持ち込むかどうか逡巡している時、入り口で酔っ払いの編集者と遭遇。その人物こそ、『週刊少年チャンピオン』の壁村編集長であった。
─『週刊少年ジャンプ』ではなく『週刊少年チャンピオン』に持ち込みますが、この辺は掲載誌を意識してのことでしょうか。
「いや、ひねったんだよ。自伝漫画って、事実の通りに描くとつまらないんだよな。そもそも人ひとりの人生に、そんなに山や谷、嵐があるわけがない。平和な時代に生まれた人間なら、特にね。だからそのままジャンプに行ってデビューしたら、あまりにもひねりがないじゃない。そこを膨らませて、チャンピオンに行ったんだよ」
─壁村編集長という、すごいキャラクターが登場しますね。
「この人は実在の、すごく有名な伝説の編集長よ。『腕を折る』とかホントに言ってたらしいから(笑)。多分、貸本屋時代の名残りなんじゃないかな。小学館とか講談社、集英社なんかは割とエリートっぽいイメージがあるけど、秋田書店は武闘派揃いとか言われてて、すごいいろんな人が入ってたよな」
●第5話
ジュンの病状が悪化する中、ついに東田のデビューが決まる。自身の名前が誤植で表記されるというハプニングもありつつ、デビュー作の載った雑誌を持ってジュンの待つ病室へ向かうのだったが……。
─第5話は、親友のジュンとのエピソードが中心ですね。
「うん、彼も実在の人物。もちろんあんなに美少年じゃなかったし、絵が好きなやつでもなかったけど。昔は病気を持ってる人って結構いたんだよね。草野球やってたら突然倒れて、こっちは『何ふざけてんだ』とか思ってさ」
─僕はダメだけど君は頑張れ、みたいなやりとりはあったんですか?
「彼には限らないんだけど、そういう台詞も言ってもらったことはあるね。『俺たちはどうせダメだけど、車田ぐらいは頑張って、星として眺めさせてくれよ』みたいな。ただ俺が漫画家で成功するとは、親も含めて誰ひとり思ってなかったと思う。だって俺が一番ビックリしてるんだから(笑)」
─先生は『スケ番あらし』でデビューされますが、実際のデビューはどのような感じだったんですか?
「『スケ番あらし』も本当は連載で行こうって感じだったんだ。だけどオイルショックで、ジャンプもすごくページ数が減っちゃって。連載だと大体20ページ前後で描くんだけど、それが12~13ページに削られた。だから読み切り形式で5回連載とかやったんだよ」
─自伝ではデビュー作の掲載時、「東田正巳」の名前が「車田正美」になっているわけですが、この辺りのお話を聞かせてください。
「これは事実とは逆の発想でね。『ヤングジャンプ賞』に応募した時『今後、期待ができる』みたいなところに名前が載ったんだけど、『東田正美くん』って間違えられたんだよ(笑)。だから本編では逆に使ってみたんだ」
─ペンネームも考えられていたんですよね。
「五月雨情次とか早乙女豪(笑)。あれは昔、好きだった貸本劇画に出てきた殺し屋の名前なんだよ。今考えると、付けなくてよかったよな(笑)。結局、親が一所懸命考えて付けてくれた本名に勝るものはないってことだ」
このあと、いよいよあの「伝説の作品」の誕生秘話が明かされる。そして『藍の時代』というタイトルに込められた想いや車田先生の新作構想など、超密度の内容でお届けするインタビュー後編をお楽しみに!
取材・文=木谷誠(Office Ti+)