綾辻行人が京極夏彦を追う! ありえない面白さの超絶エンタメ

新刊著者インタビュー

公開日:2016/2/5

 中島敦、太宰治、芥川龍之介などの文豪をモデルにした美形キャラクターが異能力バトルをくり広げるマンガ『文豪ストレイドッグス』。累計220万部を突破し、TVアニメ化も決定しているこの人気作の外伝小説が、原作者・朝霧カフカさんによって発表された。
 今回キャラクターに選ばれたのは、なんと現役作家である綾辻行人京極夏彦、辻村深月の三氏。しかも作中の綾辻と京極は宿命のライバル同士という設定だ。え、そんな小説、書いちゃっていいのですか!? まずは驚くべきプロジェクトの成り立ちについてうかがった。

朝霧カフカ

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あさぎり・かふか●シナリオライター。『文豪ストレイドッグス』『汐ノ宮綾音は間違えない。』『水瀬陽夢と本当はこわいクトゥルフ神話』のコミックス原作を手がける。『文豪ストレイドッグス』は自らスピンオフ小説も執筆。現在『ヤングマガジンサード』にオリジナルSF小説『ギルドレ』を連載中。
 

「驚いて当然だと思います(笑)。戦国武将ならまだしも、現役の作家さんをバトルさせるなんて聞いたこともないですよね。そもそもの発端は、マンガのプロモーション用に綾辻先生と京極先生をキャラ化させていただいたこと。お二人がバトルしているシーンのポスターを作成したんですが、これが評判になって、もっと続きを読みたいという声が寄せられたんです」

 瓢箪から駒で生まれた『外伝』プロジェクト。綾辻・京極両氏のゴーサインも出て、実現に向けて動き出した。しかし、現役人気作家を『文スト』ワールドに登場させるのは、太宰や芥川を描くのとまた違った難しさがあったという。

「太宰や芥川はパブリックな存在ですが、お二人はリアルタイムで活躍されていて、しかも同じ業界の大先輩ですからね。お二人の小説は以前から愛読していて、どんなに偉大な作家さんか分かっています。『自分の作品をお二人に読まれるんだよな』と考えるのは、相当なプレッシャーでしたね」

 といいつつ、かなり“攻めた”キャラ設定になっているのが面白い。作中の綾辻行人は、殺人事件の真相を見抜くと犯人が必ず“事故死”するという異能力〈Another(アナザー)〉を持ち、〈殺人探偵〉と呼ばれる人物。一方の京極夏彦は、異能力〈憑き物落とし〉を駆使して、人々を凶悪犯罪に向かわせる極悪人だ。

「マンガ本編でもそうなんですが、モデルになった人物をそのまま登場させることはしません。幾つかポイントは残しつつ、むしろ逆のキャラクターを作りだすことの方が多いですね。モデルに忠実に描くなら、僕よりふさわしい方がたくさんいますし、僕なりの解釈で新しいキャラクターを生み出すのが役目なのかなと思います」

 とてつもない知力と異能力を誇る二人と、われわれ読者の橋渡しをしてくれるのが、政府のエージェント兼綾辻の助手役として登場する辻村深月だ。

「超人同士のバトルものでは、『こいつらすげー!』って叫ぶ役が絶対に必要なんです。辻村は超人に挟まれてあたふたしつつ、成長してゆくという役所。現実の辻村先生は決してあたふたしていないと思いますが(笑)。スパイ映画に憧れる新米エージェント辻村を配したことで、3人の位置関係がうまく収まったと思っています」
 

マンガ原作が育んだアップテンポな物語展開

 内務省の非公然組織・異能特務課。そのエージェントである辻村深月は、〈第一級危険異能者〉綾辻行人の監視を命じられていた。事件の犯人を100パーセントの確率で事故死させる綾辻の力は、政府にとって脅威になりうる。綾辻の探偵事務所には24時間、銃口が向けられているのだった。

「綾辻は政府の監視下に置かれている名探偵。こういうダークヒーロー的なキャラクターは、マンガ本編で扱えないので、僕にとっても貴重でした。もしも綾辻が問題を起こすことがあれば、射殺するのが辻村の役目。そんな二人がタッグを組むのは、緊張感があって面白いんじゃないかなと」

 綾辻は頭脳明晰、眉目秀麗。しかも天才的に口が悪い。スパイ映画のヒロインに憧れる辻村を、手厳しい言葉でやりこめるシーンは抱腹絶倒ものだ。

「綾辻はドSですよね。天才的頭脳をフルに使って、辻村をいじめることだけに喜びを見いだしている(笑)。マンガの原作をしていて感じるのは、とにかくキャラクターの魅力が大切、ということ。それを表現するうえで、コメディ的なシーンはとても有効なんです」

 小学校の林間学校で発生した毒殺事件を、見事解決に導いた綾辻。しかしその犯人はある人物にそそのかされ、事件を起こしていたことが判明する。

 黒幕の名は京極夏彦。2カ月前、綾辻の目の前で死んだと思われていた妖術師が、新たな挑戦状を叩きつけてきたのだ。

「100パーセントの確率で犯人を事故死させられるのが綾辻の能力。これは防御しようがない圧倒的な力ですよね。それと対抗するには、自分自身は絶対犯人にならない狡猾な悪人しかない。犯人にならない悪人をどうやって事故死させるのか。そんな頭脳バトルなんです」

 綾辻を嘲笑うように、京極は次々と事件を引き起こしてゆく。京極に操られていた〈技師(エンジニア)〉と呼ばれる男が、危険な爆発物を持ったまま逃走。事態はさらに緊迫の度を増しながら、ハイテンポのまま突っ走ってゆく。

「物語のテンポがいいとすれば、マンガ原作をやってきた影響かもしれません。マンガはクライマックスの前にも、山場を幾つも作らないといけないんです。その訓練が役に立っているのかも。それから、いつも意識しているのは『ジャンルの外に出せる作品』を書こうということ。小説だけど、アニメにもマンガにもできる作品。そんな表現ジャンルに縛られない作品を書きたいという意図があります」

 自らの過去とも深い関わりを持っている〈技師〉をカーチェイスで必死に追跡する辻村。その頃、綾辻は京極の挑戦を受け、地下室からの人間消失の謎に挑んでいた。あの綾辻と密室での事件という取り合わせ、ミステリーファンなら大興奮だろう。

「読者は当然ミステリーテイストも期待しているはず。作品のどこかにあの手のシーンを入れないと、とは思っていました。密室トリックを考えるのにちょっと苦労しましたが、インパクト重視でなんとか乗り切れたかな。端正な本格ミステリーではないですが、笑って許してください」

 ファンにとって嬉しい展開といえば、マンガ本編との関わりも見逃せない。京極によって引き起こされた一連の事件には、犯罪集団・ポートマフィアやレモンの形をした爆弾、さらに黒い帽子をかぶったマフィアの青年も絡んでくるのだ。

「最初から出そうと思っていたわけではないんですよ。誰もが自由意志で動いているつもりなのに、いつの間にか京極のデザインどおりに行動してしまっている。そんな事件の全体図を考えた時に、中心にあるアイテムが必要だと思ったんです。何がいいのか考えていて、『レモンじゃん!』とひらめいた(笑)。書いているとたまに『天佑』と呼びたくなるような体験があるんですよね。こういうラッキーが降ってきた作品は、いいものになることが多い気がします」

 黒い帽子の青年は、本編でも人気キャラの中原中也だ。

「どうも中也の人気が半端ないらしいので、ちょこっとだけ登場させてみました。『外伝』にも出てるらしいよ、と噂になれば楽しいかなと」