ときめくシーンだけをひたすら読みたいアナタにおくるサイレント漫画
公開日:2016/2/10
壁ドン、床ドン、顎クイ……昨今、メディアでもよく見かけるようになった「女子がときめく動作やシーン」。しかし、このシチュエーションはそうそう見られるものではない。
現実世界ではもちろんのこと、少女漫画なら、多くても一話につき一回だろうし、少年、青年漫画では中々お目にかかれない。オトナ向け女子の漫画では、壁ドンを飛び越えてしまった描写ばかりで、「ときめき」が感じられない。
「ときめくシーンだけを、ひたすら読み続けたい。そんな漫画はないものだろうか」と探していたところ、本書に出会った。
『好きって言うのに、言葉はいらない』(佐木郁/ワニブックス)は、ときめくシーンだけを集めたショートショートのサイレント漫画だ。
Twitter上で掲載されていたものに、未掲載の描き下ろし漫画を加えたのが本書。サイレント漫画なので、セリフはない。あるのは「シチュエーション」と「タイトル」だけ。それに加え、登場人物の表情や動作を見て、読者は想像を膨らませる。全て1ページから3ページほどの短い構成になっているので、ストーリーというよりは、「場面を切り取った」ような作りをしている。
その分、2人の過去には何があったのか、この後はどうなるのか、ぞんぶんに妄想を膨らませることができるのも、本書の面白いところであり、新しいタイプの漫画だといえる。
シチュエーションは全部で9つ。
「先生と生徒」「オフィス」「俺様」「甘々」「ジェントル」「かわいい」「ギャップ」「恋の始まり」「片想い」。
王道の舞台(学校、オフィス)から、日常のさりげない「ときめき」、恋愛に関する様々な感情の動き……必ず一つは「こういうシーン大好き!」と思える場面があるはずだ。
個人的にオススメは「俺様」の中の「不意打ちの壁ドン」。舞台は学校だろうか。資料室にいる男女が、何かの冊子を手に取り、女性の方が退出していく。その後ろ姿を、何か思案しながら見つめる男性。扉の取っ手にかかる女性の手を、男性が掴む。女の子は「……」。そこで、男性が壁に腕を付き、女性を後ろから覆うように壁ドンをするのだ。
この2人、一体どういう関係なのだろうか。恋人同士ではないだろう。背後から壁ドンをする男性は少し寂しげで、女の子は戸惑っている様子にも見える。男性の行動は突発的なものだったのか、それとも計画的なものだったのか(敢えて資料室に女の子を呼び出したのか)。もしかしたら、お互い好き合っていたのに、並々ならぬ事情で別れてしまった元恋人同士かもしれない。いや、遠からず想い合っている幼馴染かもしれない……と、考えれば考えるほど、様々な妄想が膨らむのだ。
セリフも詳しい設定もないからこそ、読者が好き勝手に関係を想像できる。描かれているのは、「ときめく」シーンだけ。
真っ向勝負の王道で言えば、「ジェントル」の中の「無理すんな」。
飲み会で、隣の男性にしつこくお酒を勧められている女性。「もういいよ」とジェスチャーするも、グラスにはビールが注がれてしまう。苦しそうにビールを飲み続ける女性を、もう一人の男性が見かねてグラスを取る。無理にビールを注いだ男性が見ていないところで、代わりに飲んでくれる(なみなみと注がれたビールが瞬く間に無くなっていくのも男らしさを感じてときめく)。
こういうさりげない優しさと、自分にはできないことを簡単にこなしてしまう姿に、女性は弱いものだ。
「ギャップ」の中には、その名の通り、様々な男性のギャップが描かれている。いつもはクールな先輩が、風邪を引いて弱っている姿にときめく「風邪をひいた先輩」。穏やかでヘラヘラしているメガネの恋人が不良に絡まれて、殴られた瞬間、スイッチが入ったように鋭い目つきになる「普段はおとなしい彼の」。誰もいない教室で、一人座っている男の子。ふと、涙を流す「いつもは明るい彼なのに」。など、ときめくパターンを網羅している。
「恋の始まり」の中の「いつも見てました」は、女性にとって憧れの出会いかもしれない。ファミリーレストラン(それか、カフェなどの飲食店)で明るく働いている女性。その姿を見ていた会社員の男性が、お会計の時にそっと名刺を渡す。男性は照れたような表情を浮かべている。……こんな出会いをしてみたいものだ。
などなど、自分のお気に入りのシチュエーションが必ず見つかる「ときめきがほしい、あなたに」おくるサイレント漫画。「恋をしたい」という気持ちも強くなるかもしれない。
文=雨野裾