太平洋戦争中、敵兵422名を救助した駆逐艦「雷」艦長・工藤俊作に学ぶ武士道

社会

公開日:2016/2/17


『マンガ 海の武士道』(原作:惠 隆之介、漫画:山野車輪/発行:育鵬社、発売:扶桑社)

 マンガ『海の武士道』(惠 隆之介、山野車輪/発行:育鵬社、発売:扶桑社)。太平洋戦争中、スラバヤ沖を漂流していた英国兵422名を救助した駆逐艦「雷」艦長・工藤俊作の功績をまとめたノンフィクション本である。原作は、さまざまなメディアで紹介され、中学校の道徳教材にも用いられている。本書には、現代の日本人が忘れつつある清廉、高潔な精神性を垣間見ることができる。詳しく知らない方のためにまずは少しだけ歴史を振り返ってみよう。

決死の敵兵救出劇

 1942年2月28日、ジャワ島北東のスラバヤ沖にて日本海軍と連合国軍の海戦が勃発した。戦闘により英国の駆逐艦「エンカウンター」が沈没し、乗組員400名以上が海に投げ出された。3月2日、漂流していた彼らを発見したのは敵国である日本海軍の駆逐艦「雷」だった。当時は、遭難者といえども敵兵であれば機銃掃射で虐殺されてもおかしくはなかった。誰もが死を覚悟したその時、彼らに与えられたのは浮き輪や縄ばしご、ロープだった。敵兵にもかかわらず「雷」の乗組員たちは総出で救助にあたり、1人残らず遭難者を引き上げた。救助された英国兵は、「雷」の乗組員220名の2倍近い422名にも及んだ。

 そして甲板に集められた英国兵の前に1人の男が出てきて言った。

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「You have fought bravely(貴官らは勇敢に戦われた).
Now, you are the guests of the Imperial Japanese Navy! (いま、貴官らは日本帝国海軍のゲストである!)」

 この男こそ、駆逐艦「雷」艦長・工藤俊作だった。艦を停止させて救助活動にあたることは、いつ潜水艦に狙われるかもしれない危険な行為だった。さらに貴重な燃料を使って湯を沸かし、身体を洗浄すると、食料や衣服を分け与えた。敵兵に対してここまで情けをかけるのは、他国の軍隊ではありえないことだった。敵であっても人間である、弱った相手を助けずして、フェアな戦いはできない。これが工藤俊作の武士道だった。なにも彼だけが特別に善人だったわけではなく、それが日本海軍では当然の考えだったというから驚きだ。日本海軍の武士道はどうやって育まれたのだろうか。

鉄拳制裁禁止! 紳士を養成した海軍兵学校

 1901年1月7日、山形県東置賜郡屋代村の地主の家に工藤俊作は生まれる。幼い頃から海軍士官にあこがれて勉学に励んだ俊作は、1920年、エリート校である海軍兵学校に入学を果たす。この頃の校長は鈴木貫太郎、後の第42代内閣総理大臣である。この鈴木貫太郎の教育方針こそが武士道だった。歴史と哲学教育の強化など、さまざまな教育改革を行い、とくに鉄拳制裁を禁じた。武士道に鉄拳制裁はないからだ。さらに士官となるには学問と武術が優秀なだけでは足りないとして、芸術や音楽などの文化的教養を養った。「士官たる前に紳士たれ」が海軍兵学校の教えだった。大正デモクラシーの時代だったこともあり、最もリベラルな教育を受けていたという。現代でたとえるなら、ゆとり教育世代だろうか。この武士道を授けられた工藤俊作を含む第51期生が、太平洋戦争で日本海軍の中核を成していた。

日英友好の架け橋となった英国紳士

 しかし、工藤俊作が敵兵を救った事実は、海軍上層部により長らく公に秘されてきた。人道的には正しいにせよ、当時の国民世論の反発を招き、非難をあびせられるおそれがあったためだ。事実が明らかにされたのは、戦後、1人の英国人からだった。外交官であり駆逐艦「雷」に救助された元海軍士官だったサムエル・フォール卿である。

 1998年、英国では日本の天皇陛下の英国訪問に対する反対デモが激化していた。反日運動を憂えたフォール卿は、かつて経験した救出劇の顛末を大手新聞紙「タイムズ(4月29日付け)」に投稿した。この記事が英国人の意識を変え、反日運動は沈静化していったという。フォール卿がこの行動にでたのは、自分を救った工藤俊作への恩に報いる一途な思いからだった。この英国紳士の活躍がなければ、いまでも英国人は反日感情を抱き続け、両国関係は違ったものになっていたかもしれない。1人の老紳士に頭が下がる思いだ。

 駆逐艦「雷」は、1944年4月13日、グアム島で米国潜水艦ハーダーの魚雷を受けて沈没した。その少し前に体調を崩して艦を下りていた工藤俊作は、戦後、埼玉県川口市に移り住み、1979年1月、78歳で亡くなった。

 武士道と聞くと、厳しい、古臭い、暴力的などネガティブなイメージを抱かれるかもしれないが、本来は社会の模範となるべく、己を律して不正や悪を正す道徳規範だ。

 最近、なにかと企業人としてのモラルや責任を問われる経営者や、体罰が問題視される教育者・スポーツ指導者には、いまだからこそ武士道が必要ではないだろうか。

文=愛咲優詩