雑誌『ヨレヨレ』の編集者が書いた本は『へろへろ』 老人介護施設の本で「面白さ」を目指す理由とは?

社会

公開日:2016/2/18


『へろへろ 雑誌『ヨレヨレ』と「宅老所よりあい」の人々』(鹿子裕文/ナナロク社)

 本のタイトルは『へろへろ』。その著者が作っている雑誌は『ヨレヨレ』。

 いったい何なんだ……と思うが、『へろへろ 雑誌『ヨレヨレ』と「宅老所よりあい」の人々』(鹿子裕文/ナナロク社)は、副題の通り「宅老所よりあい」という福岡県の老人介護施設を題材にした本。その施設の成立過程と、そこに関わった人々が描かれている。著者の鹿子氏は、施設の世話人(支援者のようなもの)になったフリー編集者だ。

 ちなみに4号まで発行されている雑誌『ヨレヨレ』は、鹿子氏が原稿・文・撮影・レイアウトまで1人で担当。タイトルの由来は「老人介護施設が出す雑誌で、職員もヨレヨレになりながら働いているから」だそうだ。

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 そして脱力しているのはタイトルだけではない。たとえば「宅老所よりあい」を始めた下村恵美子氏は、著者の鹿子氏と

「ねえ鹿子さん。今度ね、地行の『よりあい』に来るとき――ほら、あなた原付バイクで来るじゃない。そんときにさ、ちんちん出して来てくれんかな?」
(中略)
「僕にちんちんライダーになれってことですか?」
「そうそう。ヘルメットかぶっとるのに、下半身すっぽんぽんでバイクが来たら笑うやろ? 年寄りもそういうのすきやけんさ。ね? ちんちん出して来てくれん?」

 なんて会話を交わしている。老人たちは「基本は殿方におまかせですたい」「私もいろいろこちょこちょされたのちに、無事開通ですたい」と新婚初夜の夫婦和合の秘訣について話をしていたりする。そう、この本は老人介護施設が舞台だが、笑える場面だらけなのだ。

 なお、職員たちがヘロヘロになっているのは、言わずと知れた「介護の現場が過酷さ」だけが理由だけではない。「宅老所よりあい」の老人たちは、自由にのびのびとしているのだが、その裏返しとして自由に奇行に走る人もいれば、暴行に及ぶような人までいる。だが、職員たちは「混乱に付き合い、人に沿う」。過度な“管理”のようなことは行わず、1人の生活者として、ぼけても普通に暮らしてもらうため、職員たちは人手と根気のいる「効率とは無縁の世界」で仕事をしている。効率的な介護をする施設と同じ給料で。

 さらに、「宅老所よりあい」は、その過酷な状況下で、土地代を含めて3億円を超える特別養護老人ホームの建設、維持を続けてきた。資金を集めるために継続的に行っているのは、バザーの開催、夏祭りへの出店、手作りジャムの販売などだ。バザーで集めた小銭の重さに驚く著者の鹿子氏に、下村氏が言った「ね。重かろうが。小銭はホント重いっちゃん。でもこれがね、お金の重みなんよ」という言葉は、言葉としても重い。

 それでもこの本にはユーモアが満ちている。そこで思い出したのは、メル・ブルックスが「アメリカのコメディアンにユダヤ人がなぜ多いのか」と問われて言った、「笑わなければ、いつまでも泣くしかありません。これがユダヤ人の優れたユーモア感覚を生んだのです」という言葉だ(『ユダヤ人の「考える力」』より)。

 また、メル・ブルックスは「私のユーモアは、神や世間に対して怒りを覚えていることから、その多くが怒りや敵意に端を発しています」とも言っていたが、本書には下村氏の「怒りがあったからこそ続けてこれた」という言葉も見られた。それは、ぼけた老人を邪魔者扱いするような、今の社会への怒りだろう。

 怒りもある。辛さもある。それでも深刻そうな雰囲気になると、楽しい脱線を繰り返す本書からは、「それを笑い飛ばして、楽しみながら生きてやろうじゃないか」という強い意志が感じられた。

 そしてその意志は、この本の読者にも伝わり、その人が前を向いて生きていく力になるだろう。著者の鹿子が手がけた『ヨレヨレ』創刊号のキャッチフレーズは、本書の読者にもこう呼びかける。

「楽しもう。もがきながらも」

文=古澤誠一郎