前代未聞の哲学入門!? 哲学者がホラー映画を真正面から分析する『恐怖の哲学』
更新日:2017/11/16
興味がない人からは「怖いと分かっているのに、何でわざわざみるわけ?」と罵られ、冷静沈着な人からは「明らかにウソの話なのにさ、何でそんなに怖がるの? 大して怖くなくない?」と見下されることもあるホラー映画ファン。
しかし、上記の2つの疑問はもっともなところもあるし、その謎を解明しようとする本は少ない。そんな中で『恐怖の哲学―ホラーで人間を読む』(戸田山 和久/NHK出版)は、科学哲学を専門とする哲学者が、その問題に真正面から向き合った一冊だ。
最新の心理学や脳科学の知見まで導入し、「恐怖」や「ホラー映画」というものを解体していく本書。難しい言葉や概念も出てくる一方で、ホラー映画好きなら「はいはい、なるほどね」と頷いてしまう文章も数多く登場する。
たとえば、生きるか死ぬかの場面において、「合理的な選択と行動をもたらしてくれるのはむしろ情動のほう」「情動より理性に駆り立てられるやつは、自分または世の中にとんでもない厄災をもたらす」という法則の例として登場するのは、映画『ミスト』の主人公。この映画を見たことがある人は、「確かに……!」と納得できるはず。
一方でゾンビ映画をパロディにした映画『ショーン・オブ・ザ・デッド』を例に取った部分では、「良いホラーには『主人公は怖がるべきなのに怖がらない』ということを観客が怖がるという入り組んだ構造が不可欠である」という名言も登場する。これは多くのホラー映画に当てはまりそうだ。
なお著者は『遊星からの物体X』が大好きで、何回も見て結果が分かっているのに、「誰が物体X(謎の宇宙生物)なのか」を調べる場面でドキドキしてしまうそうだ。この理由について、著者は分析美学者のケンダル・ウォルトンの「ごっこ」説を引き合いに出し、「現実世界の私は、誰がごっこ上の物体Xで、誰がそうでないかを知っている。だが、ごっこに参加している私は、それを知らない」「私のサスペンスを生み出しているのは、現実世界における私の無知ではなく、ごっこ上の無知だ」と解説する。
このようにして本書では、我々がホラー映画を観るときに感じる面白さが、細かく分解され、解説されていく。なおその作業が、詰将棋のように綿密なものなので、本書は新書にもかかわらず450ページ近い大著になっている。
なお本書を読んでいて笑ってしまったのは、『悪魔のいけにえ』を見た際の身体的反応を調べる実験において、映画をみた人達が“『いけにえ』グループ”と呼ばれていたこと。ちなみに心拍数と血圧がみる前と比べ20%上昇し、血液中の白血球数が増えたそうだ。
文=古澤誠一郎