天才棋士の素っ頓狂なプライベートを、妻がほのぼの漫画で描く怪作!『将棋の渡辺くん』

マンガ

公開日:2016/3/7

 先日、東京の将棋会館で行われた将棋のA級順位戦。その昼食で、渡辺明竜王は「肉豆腐定食」を選択した。豚バラ肉と豆腐、野菜、そしてかまぼこがたっぷりの出汁や醤油などで煮こまれたメニューだ。しかし定食であるにもかかわらず「味噌汁はなし」との注文がついた。その理由は「汁物が多くなるから」。将棋の対局ではトイレへ行く時間も持ち時間に含まれるため、渡辺竜王は対局の際になるべく水分を取らないようにしている(しかも持ち時間が残り5分になったらトイレに行くと決めている)そうなので、戦略的に味噌汁を外したのかもしれない。

 ゲンを担がず、調子や運という概念もなくすべては実力、という合理主義を徹底している渡辺竜王だが、すべては将棋に勝つため。対局前に自宅で戦略を練り、その通りに指すという発言からも、その場の流れや感覚のみに頼って将棋をしていないことがよく分かる。将棋のすべての手の順列の組み合わせというのはなんと10の220乗もあるそうだが、対戦相手のクセまで考慮して事前に作戦を練ることがどれほど大変なことなのか、考えただけでクラクラしそうになる。

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 そんな生真面目で理知的な印象の渡辺竜王だが、自身が主人公となっている漫画『将棋の渡辺くん』(講談社)でプライベートを惜しげもなく公開している。これがなかなかどうしてなビックリ&スットコな話が目白押しで、大笑いした後に「こんな変人エピソードを出しても平気なのか!?」と読者がちょっとだけ心配してしまうほどなのだ。ところがこの漫画、奥様である伊奈めぐみさんが描いている(しかも内容は渡辺竜王がしっかりチェック済み)というから、もうこれはまごうことなき真実の話なのである!

 野菜が嫌いで、甘いもの、漫画が大好き、世界のことは『キャプテン翼』で、日本国内のことはゲームの『桃太郎電鉄』で覚えたそうで、若い頃は石川梨華にハマってモーニング娘。のコンサートへ行き、19歳で結婚するまで洋服は母親が買ってきたものを着用、そして競馬(将来の夢は競馬三昧)、サッカー(審判員の資格を所有)、ぬいぐるみ(自分でアテレコをして遊んだり一緒に寝たりする、夏は汗をかくから一緒に寝ないという可愛がり方!)を愛している渡辺竜王。しかし好きなことはとことんハマる性格でありながら、干支が全部言えないなど一般常識はかなりの部分で欠落しており、さらには相当な神経質&潔癖症で極度の虫嫌い、その毎日は独自ルールによってしっかり定まっている、という感じなのだ。

 なので渡辺竜王のプライベートを知ってしまうと、肉豆腐定食から味噌汁を外すことは「自分のルールから外れているから」という非常にシンプルこの上ない理由なのかもしれない。と疑念が生まれてしまうのである。ちなみにこの定食、ご飯以外は漬物などの野菜メニューなので「野菜嫌いが食べられるのか?」という心配まで発生する(本人が選んだのだから大丈夫なのだろうが…)。

 また「わざわざ言わないで、いらないなら残したらいいのに」とも思うが、「食べないと決めたものを目の前に置いておくのは無駄な行為でしかない」という合理的な面から許されないことなのかもしれない。ちなみに以前までよく対局で頼んでいたという「銀だら定食」は一度喉に骨が刺さったことがあり、それ以来やめているのだという。もうホントどこまでネタがあるのか…! 夏頃には第2巻が発売予定というが、まだまだネタ切れを起こしそうもない渡辺竜王なのである。

 そして出版後にあっという間に売り切れてしまい、すぐに重版された第1巻、売り上げはすべて東日本大震災で被害に遭われた方たちへ寄付されるという。こういう伊奈さんの太っ腹なところが、天才棋士渡辺竜王を支えているのでしょうね。夫婦愛だなぁ。

文=古田周擴(フルタチカヒロ)

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