おひとりさまコンプも保育園落ちた日本死ね問題も… 今の世の中をサバイブするヒントに満ちた『上野千鶴子のサバイバル語録』

社会

公開日:2016/3/19


『上野千鶴子のサバイバル語録』(文藝春秋)

 終盤を迎えている朝ドラ『あさが来た』を見ると、涙がにじむことがあります。幼少期から「学びたい」「世の中のことを知りたい」と思いながらも許されなかった主人公あさ。その思いを胸に現・日本女子大学の設立に向けて邁進していく姿を見ると、こうした女性たちがいたから、「女に学問はいらん」という時代は過去のものとなり、私たちはいま当たり前のように勉強できるし、社会に出て働けます。女性の生きづらさを解消してくれるのは、いつも先に生きる女性たちです。

 しかし、あさのモデルである広岡浅子が生きた時代から1世紀が経ったいまの女性たちが、生きづらさを抱えていないかというと、そんなことはありません。四年制大学への進学率は男性54%、女性45.6%と差が小さいものの(※1)、社会に出れば女性の賃金は男性の8割弱と格差があり(※2)、それもライフイベントによる影響を受けます。妊娠すればマタハラに遭い、子供を預けて職場復帰しようとしても「保育園落ちた、日本死ね!」状態になる現代の女性たち。

 このまま道を歩きつづけてもしんどいだけなのではないか……と歩みを止めて膝をつきそうになる女性たちに、「大丈夫、あなたたちもサバイブできるから」と光明を示してくれる1冊が、『上野千鶴子のサバイバル語録』(文藝春秋)です。

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 社会学者にして、日本のフェミニズムを牽引しつづける上野千鶴子さんが著した書籍29冊(共著含む)、雑誌・新聞・媒体に掲載された10記事から、140の言葉が収められています。いずれも、上野さん自身がいまを生きる女性たちに「生きのびてもらいたい」「人生の終わりに、生きてきてよかったなと思ってもらいたい」と願い、そのためのヒントとしてほしいと思いながら、選んだもの。

 女性の人生にはさまざまなステージがあり、どの場所にいるかによっても響く言葉は違ってくるでしょう。

 学生時代はジェンダーギャップをそれほど感じていなくても、社会に出て時間が経つほど、男性社会の壁が分厚く高いものに感じられるようになります。なんとか打破したいとあがく女性には、「私は『省エネ殺法』をテクとして使ってきた」という上野さんのサバイバル術を。立ちはだかる壁に正面からぶつかっては、自分がダメージを受けるだけ。イヤな男性上司を前にしたら、上野さんいうところの「男は自分を実力以上にかさばらせて見せたい動物」と思えば冷静さを取り戻せ、対応の仕方が見えてきます。

 結婚を前に悩むことがあれば「恋愛からはじまった結婚には恋愛を友愛に変換するソフトランディングが必要です」という言葉が響き、おひとりさまであることがコンプレックスになっている女性は「シングルを続けてきたわたしは、気がついたら『一周遅れのトップランナー』になっていた」という言葉に勇気づけられる。

 本書では、社会に対して感じるモヤモヤ、憤りをひらりと着地させる言葉にも出会えます。「女性活躍推進」に違和感を覚えた人は、「女はすでに十分にがんばってきた」という言葉にうなずき、産まない女性への生きづらさには「女性が子供以外のところに自分の生きがいを持っていける社会が必要」と説くページで膝を打つはず。件の「保育園落ちた、日本死ね!」発言には、(それぞれの家庭の経済事情もかえりみず)母親は働かずに子供の面倒をみればいいという声も多く上がりましたが、本書では、「夫や子供より、自分のほうが大事な女性」が増えたことを祝福しています。自分の利益は後回しにしても夫や子供を優先する自己犠牲の精神=女らしさとし、評価する風潮が強いかぎり、保育園は増えないでしょうし、介護などその他のケアもいつまでも「女性のもの」とされます。

 フェミニストというと、「いつも怒っている女性」というイメージが強いかもしれません。しかし本書にあるのは、怒りを軽やかな言葉に変え、女性の背中を押す言葉の数々です。仕事、恋愛、家族、将来……日々のなかでちょっとつまずきを感じたとき、社会のなかでやりきれなさに襲われたとき、本書を開けばそのときどきの自分を照らしてくれる光が見えます。

 あとがきで、「こんな『語録』など要らない時代が来ますように」と上野さんは願います。かつては、道なき道を歩むしかなかった。その道を行く人が多くなるほど次第に踏み固められ歩きやすくなる。それでもときどき、小石か何かにつまずいてしまう。そしたら本書を開いていまの自分に必要な言葉を探して、同じ小石にもう二度とつまずかない術を身につける。そうやっていろんな女性が力強く歩んでいけば道は整備され、いつの日か夜道でも目をつぶっていても怪我をせずまっすぐ歩ける日が来るかもしれない。その日のために、自分も小石を払うひとりになりたいと、自然に背筋が伸びる一冊です。

文=三浦ゆえ