「幕が降りたあとの余韻」があたたかい短編マンガ集『Slide Story』
公開日:2016/3/23
まずは以下に記した、「晴れの日」という短編マンガのあらすじを読んでみてほしい。
家でゲームに熱中している少年に、「公園で焚き火をしよう」と友達から電話。「何で今日、晴れなんだろう……」と少年は溜め息をつく。公園に向かう途中、少年はおばさんとぶつかる。「私ったら、なんてそそっかしいのかしら。一生に一度の晴れの日だっていうのに…」とおばさんはつぶやく。
少年が公園で落ち葉を集めていると、さっきのおばさんが「カメラ、あったよー!」と言いながら走っている。そのとき強い風が吹き、落ち葉が風に舞う。少年が落ち葉の舞う先に目をやると、そこにはカメラに向けてポーズを取る、晴れ着姿の女性が立っていた。「そーいや、ねーちゃん言ってた。今日、成人式の日だ」と少年の友達。「何か…良いかも……晴れの日」と少年。
この「晴れの日」はわずか8ページのマンガなのだが、いやはや見事。ショートショート研究家のロバート・オバーファーストが、ショートショートに最も重要な三要素として挙げた「完全なプロット」「新鮮なアイデア」「意外な結末」をクリアしていると言えるだろう。
この話が収録された単行本が『Slide Story』(渡邉健一/徳間書店)。「晴れの日」のような日常を切り取った話もあれば、タイムマシンが現れるSF的な話もあり、シュールなギャグものもあり、18の短編マンガが収められている。
いずれの話にもショートショート的な可笑しみや驚きがあるのだが、読んでいて思わず心を揺さぶられてしまうのは、その画力によるところも大きいだろう。
例に挙げた「晴れの日」では、唐突に現れる晴れ着の女性の可憐さに、読者の自分は少年と同じように見とれてしまう。ほかの話では、エスカレーターの前に立つコート+帽子姿の人が振り返ると、それが人ではなくゴリラだった……なんて場面もあるのだが、そのゴリラのリアルっぷりには、読んでいて「おわっ!」と驚いてしまった。
また、読んだ後にどことなく温かい気持ちになれるのも、『Slide Story』に収録された話には共通している。ショートショート的なマンガでは、どうしてもオチの驚きや、そこにつながる筋書きの部分に目がいってしまいがちだが、「幕が降りたあとの余韻」も楽しみながら読んでもらいたい。
文=古澤誠一郎