もがき苦しむ巨人2軍選手の叫びとは―年俸格差20倍の世界にエールを送る一冊
公開日:2016/3/29
プロ野球球界を騒がしている、一連の賭博問題。発端となったチームは巨人。火種となった3人の選手は、1軍と2軍を行き来したり、まだ2軍で経験を積んでいる立場の選手だった。
巨人の選手は、常に厳しい競争の中にある。ビッグネームが揃う1軍選手に、毎年のように加入するFA移籍選手、新外国人、大型新人。ちょっとやそっとの活躍では1軍定着は至難の業だ。遠き一流選手への道に心が折れかけ、賭博などグラウンド外の楽しみに目が向いてしまったのではないか。そういった見解が賭博問題の背景の一端として挙げられることもあった。
無論、選手が野球賭博に手を出すのは許されることではない。ただ、前述の2軍選手の背景自体は、間違いではない。
『隣のアイツは年俸1億 巨人2軍のリアル』(中溝康隆/白泉社)は、そんな巨人の2軍選手たちの現実を伝える一冊だ。といっても、中身はスマートでスノッブなスポーツノンフィクションではない。
著者の中溝康隆は累計6400万PVを誇り、書籍化もされた人気プロ野球ブログ「プロ野球死亡遊戯」を執筆するライターで無類の巨人ファン。ブログではプロ野球と選手たちへの愛情から苦言まで、ユーモアを織り交ぜながら、あふれんばかりの熱い感情を込めて「激しく」書き綴っている。
『隣のアイツは年俸1億 巨人2軍のリアル』も、そんなブログの筆致そのままに、巨人の2軍でもがき、苦しみ、這い上がろうとする選手たちの「叫び」を、中溝が「代弁」しているような1冊である。
正直、文体や内容を、クドく暑苦しいと感じる人もいるかもしれない。しかし、だからこそ中溝のブログ、文章は多くの人の心をつかんでいるようにも思える。中溝は日々、現場で取材をする「新聞記者」「番記者」「有名スポーツライター」ではない。それは、現場で取材をすることで生まれる「しがらみ」がないということでもある。故に中溝が書く文章は、いい意味で遠慮がなく、ストレートな思いに満ちている。わかりやすくいえば、立ち位置が常に「ファン目線」なのである。
既存メディアのプロ野球関係の記事や報道の中には、選手や関係者への配慮という名の自主規制で、どこか歯切れが悪かったり、もっとひどい時には「なあなあ」に見えるものもある。それに比べて中溝の作品は、まさにプロ野球ファンが抱いている愛情や疑問について、包み隠さず述べているようにも見え、それが多くの人の共感を呼んでいるのではないかと思うのだ。その点で、『隣のアイツは年俸1億 巨人2軍のリアル』は、より「共感」を得られる内容になっている。
描かれるのは主に「2軍でもがく選手」。その姿は実社会でも必死にがんばっているのに、なかなか報われない、多くの普通の人間の姿に重なる。世の中において、成功続きのエリートなどほんの一部。多くの人は何度も敗れ、倒れ、それでもくじけず、成功を目指して精一杯生きていく。まさに巨人の2軍選手たちと同じではないか。
そんな選手たちに中溝はエールを送る。阿部慎之助という巨大な壁に挑む鬼屋敷正人には「鬼屋敷正人は終わったんじゃない。大人になったんだ」と。大器と期待されながらも開花仕切れない大田泰示には「東京ドームの入口前で、俺らは44番を待っている」と。盗塁王経験者ながら昨季一軍出場ゼロに終わった藤村大介には「こんなところで終わってたまるかよ」と。
そのエールは広がり続け、2軍だけにとどまらず内海哲也や西村健太朗など、不振やケガからの再起をかける主力選手、毎年のように入れ替わる外国人選手へも及ぶ。さらには彼らを見守る岡崎郁2軍監督(当時)や、追われる存在である看板選手・坂本勇人へのインタビューまで。読み終わってみれば、どんな選手も必死であるというプロ野球選手の姿が浮き彫りになる。巨人ファン代表としての三村マサカズ(さまぁ~ず)へのインタビューも、不遇時代からのブレイク秘話が、2軍選手のチャンスのつかみ方指南のようで、これも中溝の愛情なのかもしれない。
野球に限らずアスリートが人々の心をつかむのは、その姿に自らを投影するからだ。アスリートが苦難を乗り越え、栄光をつかめば、それが自らの勇気の源や明日への糧となる。その意味で、中溝の巨人2軍へのエールは、無意識のうちに読者へのエールにもなっているのだ。だから暑苦しささえ感じる愛情一筋の内容なのに、読み終えると、どこかスッキリとし、前向きになれるのだろう。
蛇足ながら、『隣のアイツは年俸1億 巨人2軍のリアル』は、2軍選手を詳しく扱う内容故に、通常のプロ野球本に比べ、アマチュア野球ファンもけっこう楽しめる。かつて高校・大学・社会人で活躍した選手たちのその後と現状を、詳しく知ることができるのだ。
それも中溝の巨人愛に基づいた詳細なウォッチングがなせる業。そうした中溝の豊富な巨人選手の知識とトリビア的なネタは、本書の内容や主張の信頼性、そしておもしろさを担保するうえで、重要なポイントにもなっている。
文=長谷川一秀