過去、歴史的にみると、女性というのは、弱い存在だったのかもしれない。

　男が武力を持ち、女は従うだけ。政略結婚の道具にされ、好きでもない男性の元へ嫁ぐこともあっただろう。女は男に支配される。それが常識の時代もあった。

　だが、そんな時代に、運命に抗った女性たちがいた。

『涙の乙女　大西巷一短編集』（大西巷一/双葉社）は、歴史の波にのまれ、翻弄され、虐げられた乙女たちの、反逆の物語だ。

　コミックは全部で3編の「乙女たちの復讐」をテーマにした短編集と著者のデビュー作1編が収録されている。

「乙女たちの復讐」をテーマにした3編では、様々な時代、国で男性に虐げられる女性が描かれているが、ただ泣き寝入りするだけのお話ではない。運命と対峙し、強く戦う女性たちが過酷な時代を生きる姿が活写されている。

　それぞれ簡単に内容を紹介してみよう。

『男装の殺人鬼　マネット・ボヌール』

　1800年代初頭、実際にフランス・パリで世間を騒がせた「男装の麗人」の殺人鬼をモデルとした物語。

　カフェで給仕をしているマネットは、かわいく活発な女性だったが、恋人の男性にフラれ、しかもその男の差し金で複数の男たちに凌辱されてしまう。

　その後、現実逃避から「男装」を始めるようになったが、徐々に男への憎しみが増していき、無差別連続殺人鬼へと変貌する。全ては自分を穢し、虐げた男たちへの復讐のため。自分に近寄って来た男性を薬で眠らせ、ハンマーで後頭部を打ち、殺害するという残虐な行為を繰り返していた。

　しかし、ある日警察の囮（おとり）捜査に引っかかってしまう。その囮捜査を受け持っていたのが、マネットがカフェで働いていた時の知り合いのピエールという男性だった。ピエールはずっとマネットに恋心を抱いており、マネットへ逃げるよう説得するが……。実に20人以上の男性を殺害した男装の殺人鬼の結末は一体どうなるのか。

ブルターニュの雌獅子～復讐のジャンヌ

　1343年、フランスブルターニュ地方が舞台。誠実で優しい騎士の夫と、二人の息子と幸せに暮らしていたジャンヌだったが、ある日、無実の夫が反逆罪で処刑されてしまう。罪を被せたのは、自分を裏切るのではないかと疑心暗鬼になり、数々の家臣を処刑していたフランス国王フィリップ6世。

　ジャンヌは国王フィリップへの復讐を誓い、家財を売り払ったお金で傭兵を雇い、自らも女ながらに剣を持ってフランス兵への襲撃を繰り返した。しかし、次第に資金は底をつき始める。そこでフィリップと敵対しているイングランド王と手を組むが、イングランド王は武器を援助する代わりに、ジャンヌの身体を要求した。

　それでもジャンヌ「女の誇りの代わりに、復讐を果たせるのなら」と要求を飲む。

　復讐の鬼となったジャンヌ。血に塗れ、剣を振るい続ける彼女。そんなジャンヌを止めたのは、一つの指輪であった……。

涙の乙女（アクリャ）～或るインカ皇女の悲劇

　1532年インカ帝国カハマルカでは、スペイン人の傭兵隊長フランシスコ・ピサロによってインカ皇帝が捕虜となり、スペインの植民地化への道をたどる。

　皇帝の妹、キスペは、服従の証、「乙女（アクリャ）」として、ピサロに献上され、意にそぐわない肉体関係を強要される。

「このまま泣いて暮らすしかないのですか？」と訴えるキスペに、母親は「戦うのです！」と叱咤する。女には女の戦い方がある。「奴隷ではなく、主人となりなさい！　運命の主人に！」という強い言葉に突き動かされ、キスペは名前をイネスと改め、スペイン人として生き、ピサロを手玉に取るような女性に変貌していく。

　ピサロの権力をかさに、富も栄誉も手中に収めていくイネス。ピサロとの間には一人娘も授かり、ようやく幸せな暮らしを手に入れたかと思いきや、突如ピサロはイネスを家臣に下賜してしまう。

「結局、女は男たちの気まぐれと欲望に弄ばれ、使い捨てにされる。それが私の運命なの？」と嘆くが、イネスの「戦い」は終わらない。ピサロの暗殺を画策し……。

　どのお話も血なまぐさく、悲しみを帯びている。しかし戦い抜いた乙女たちが、最後は微笑みを湛えて物語は終わる。復讐の鬼と化した乙女たちが、いかようにして本当の幸せを掴んでいくか。見届けてもらいたい。

文＝雨野裾