万城目学「この作品の最後に曲をつけるとしたら?」秦 基博「結構派手な曲にしますね。…」【『バベル九朔』刊行対談】
公開日:2016/4/6
万城目学さん待望の新刊は、作家志望の雑居ビル管理人が主人公の『バベル九朔』。作品の完成直後、万城目さんと以前から親交のあったミュージシャン・秦基博さんと対談をしていただいた。作中でも描かれる“夢を追い求める”ことについて、二人はどう感じたのだろうか。
予想がつかない展開
翻弄されっぱなしの430ページ!
秦 新作『バベル九朔』、読みました。いや、本当におもしろかったです。
万城目 ありがとうございます! 秦さんは、編集者以外ではこの作品の最初の読者だと思います。
秦 光栄です。とにかく、最初から物語に翻弄されっぱなしでした。小説家志望者の日常生活から始まって、だんだん怪しい登場人物が現れ始めて、この先どうなるんだろうといろいろ予想しながら読んでいたのですが、何一つ当たりませんでした(笑)。最後まで物語に振られて、振られて、振られて、どこまでも揺すぶられていく感じがすごかった。ほとんどの場合、小説って自分のペースで読んでいくものじゃないですか。だから、物語進行の主導権は読者である僕にあると思っていたのですが、この作品ではそれが通用しませんでしたね。『鴨川ホルモー』や『偉大なる、しゅららぼん』では、物語を読み進めていくうちに気づいたら自分もそこにいたという感覚がありました。でも、この作品ではある瞬間からどかんとファンタジーに持って行かれてしまう。ゆるゆるではなく、一気にドンっと。そこがすごく楽しかったんです。
万城目 そう言ってもらえるとうれしいです。実はこの作品、7年前に一章分を先に書いていました。
秦 そうなんですか。
万城目 当初は雑居ビルを舞台にした現実的な話にする予定でね。僕自身、大学を卒業して普通の会社に勤めた後、小説家を志して退職。以降は親類の雑居ビルの管理人をしながら無職のまま応募原稿を書く生活を3年ほどしていました。その時の経験を元にした現実的な物語にするつもりだったんです。
秦 確かに主人公は万城目さんとしか思えませんでした。だから、主人公の顔は万城目さんを想像していましたね。
万城目 そうなんですか? そいつは申し訳ない。気持ち悪かったでしょう。
秦 とんでもない(笑)。ほかの登場人物も描写が具体的だから、とても想像しやすかったですよ。オノ・ヨーコとか。
万城目 ああ、あれね(笑)。
秦 でも、途中から想像の範囲を超えた展開になっていって……。
万城目 中断した物語の続きを書くという段になって、当初の構想だけでは足りないのではないかと思うようになりまして。最終的にいろんな要素が入ってきて、なんだか混沌とした物語が出来上がりました。
秦 結果として従来のどの作品とも違うものになった、と。
万城目 おっしゃる通りです。今までは登場人物が日常と非日常、その境界があやふやなところを往来することが多く、非日常は日常と地続きでした。でも、今回は完全に非日常の場所にどんと行って、現実では到底ありえないことも次々起こる。振り幅も最大限に、極端と言っていいくらい、一気に別の世界が展開するように仕掛けていきました。
夢を追いかける苦しみ
手が届きそうで届かない歯がゆさ
万城目 一方で、主人公である九朔くんの悩みは、小説家になりたい人間なら誰しもが持つ内容です。自分の経験した時間なので、リアリティはたっぷりです。
秦 タイトルをなかなか付けられない、という部分は僕もとても共感しました。
万城目 (笑)。秦さんもそっち派ですか。
秦 最後に付けようとすると難しいですよね。
万城目 僕自身は必ずタイトルは最初に考えるんです。それから書き始める。とはいえ、プロの小説家の人でも最後にタイトル付けで苦労するという話は聞くので、九朔くんには悩んでもらうことにしたのですが、物語を再開すると思わぬ形でその設定を伏線として回収できた。あれは気持ちよかったです。
秦 九朔くんは小説、僕は音楽と、ジャンルこそ違いますが、気持ちがわかるところは端々にありました。夢が叶うまでの段階にいる時の煮え切らなさとか、ようやく叶う道が見え始めた時に安易な方向に流されそうになる瞬間などは痛いほどわかりましたね。自分が心底なりたいと切望しているものへの思い。僕自身、それは強く持っていたから、自然に共感できたというか。
万城目 秦さんと僕はデビューした年がちょうど10年前で同じなんですよね。デビュー前のくさくさしていた期間なども結構似ている。だから余計にわかってもらえるところが多かったのではないかと思います。
秦 そうですね。
万城目 ああいう時分って、なんかこう、誰かに手を差し伸べてもらいたいんです。君の才能はこういう風に発揮するべきだ、みたいなヒントがすごく欲しい。でも、素人にアドバイスをくれる人は当然いなくて、結局は自分で見つけるしかない。甘えといえばそれまでだけど、苦しい時期にはとても切実な願望でした。秦さんのようにミュージシャン志望の人にも、同じような願望はあるんじゃないですか? むっちゃ目利きのプロデューサーなんかが自分を見出して一本釣りしてくれたらなあ、とか。
秦 ありますよ。実際、僕はわりとそんな感じでした。ライブハウスでライブをしている時に、今の事務所のスタッフがたまたま見ていて、声をかけてくれた。まあ、その人が目利きだったかどうかはわかりませんが(笑)。
万城目 同時に差し伸べられた手を掴んでからの大変さもありますよね。突然周囲の環境が変わるでしょう? 九朔くんは、この作品で突然わけのわからない世界に投げ込まれて、右往左往することになります。状況を全然コントロールできないというのは、今までの作品の主人公にもあったことですが、九朔くんは異世界で常に選択を求められていく。そこは大きく違うところだと思います。また、単純な二項対立の物語にもしませんでした。何者かとの対決があったとしても、それは予め決められた結果ではなく、主人公の選択によって状況が変わるようにしたい、と。
秦 確かに九朔くんが試されるシーンは何度もありましたね。
万城目 最後に対決シーンがあって、カタルシスがバーッと来て終わり、というパターン、ええかげん変えていかなあかんなあと思ったんです(笑)。たぶんね、僕たちみたいな仕事をしている人間なら、誰もが常に前とは違うことをやりたいという気持ちを抱えていると思うんですよ。新しいことにチャレンジしたい。でも、作品の質は担保しないといけないから、やりたいことを試せるチャンスはありそうでなかなかない。だけど、今回はそのチャンス、このストーリーならいけると考えました。
秦 それ、すごくわかります。やはり最初に世の中に認められた形がまずあって、それを元にみなさんが次の作品を手にとってくれるわけですから、以前のものをすべてないがしろにするのはなにか違う。けれども、同じことを延々やっていてもしょうがない。ファンに「待ってました!」と歓迎してもらえるようにはしつつ、どれぐらい予想を裏切っていくか。難しいところです。
万城目 やっぱり、そういう葛藤はついてまわりますよね。
秦 毎回そうです。自分らしさはおのずと表出するものではあるので、その分、なるべく違うことをしたい。自分の持っている資質に新しさを加えていけば、必ず融合するとは思うのですが。