万城目学「この作品の最後に曲をつけるとしたら?」秦 基博「結構派手な曲にしますね。…」【『バベル九朔』刊行対談】
公開日:2016/4/6
楕円の形を描きながら
螺旋階段を登っていくのが理想
万城目 僕は、楕円を描くように作品を書いていけたらなと常に思っていまして。
秦 楕円、ですか?
万城目 自分の核を二個持って、それを交互のサイクルでやっていく感じ―わかりやすく言うと、サザンオールスターズの曲作りですかね。サザンオールスターズって「勝手にシンドバッド」のようなハチャメチャ曲と「いとしのエリー」のようなバラードの二本柱があると思うんです。普通は「いとしのエリー」路線で火がついたら、以後ずっとその方向でやっていく人が多い。でも、それだと往々にして袋小路に陥ってしまいます。だから、全く質が違う作品性を複数持っておいて、その両方を行き来する。かつ、片方に戻ってきた時には、前に作ったものより上達している。そういう、二本柱を順次巡りつつ高みに登っていく螺旋のようなイメージでやっていけばいいんじゃないかなと思っているんです。『鴨川ホルモー』みたいなのを書いていると、ちょっと真面目なものも書きたくなってくる。でも、真面目が続くと、また乱してアホな話に戻す。そういうサイクルが自分の中では大事なんかな、と。
秦 それはあります。バラードばっかり作っていられないし、よしんば作っても結局はよい曲にはならないというか。渾身の一曲を作った後にまた同じようなものをもう一曲といわれても、なかなか難しい。だから、僕もロックとバラードをバランスよく書くということに自然になっていると思います。自分の創作欲求を曲作りにぶつけたら、おのずと違うことをやりたくなりますし。
万城目 そのほうが絶対に腕も上がりますよね。僕の場合、7年前は半自伝的な話にハチャメチャな話を組み込む技術もなければ、野心もありませんでした。もし無理に挑戦したところでできなかったと思います。ところが、7年経って物語に戻ってくると、どこにどう入れていけばよいのかがちゃんと見えました。当初からの作品のイメージと、新たな要素、その両方を客観的に見据えながら、物語を構築していけるようになったのは、ひとえに経験を積んだからと思います。また、前より構想力が増したのも実感します。その分、昔みたいにシンプルなものは書けない。従って枚数も増え、書くのに時間がかかってしまうのですが。
秦 自分自身で感じる変化というのは確かにあります。僕の場合、最新アルバムでは細かいところまで含め、すべて自分でやるようになりました。デビューしたての頃は、こういう風にしたいというイメージはあるものの、それを形にするすべがなかった。具体的なフレーズにおとしていくスキルがないので、アレンジャーさんにこういうフレーズにしたいと伝え、案を出してもらう。それを元に「これは違う」とか「なるほどこうすればかっこよくなるのか」などとやり取りをしていました。しかし、今は自分がしたいことを明確に捉えることができるし、実現するためにはどんな手法やフレーズを用いてアレンジをすればよいのか自分で組み立てることができる。万城目さんがおっしゃる通り、それは経験を重ねて初めて可能になるものだと思います。結果として、アルバム一枚作るのに時間がかかるようになったというのも同じですね。
万城目 でも、その分、楽しみも増えませんか?
秦 楽しいです。メロディを書いたりアレンジしたりする作業はあまり苦になりません。音ができていくのが楽しくって、いつまでもやっています。
万城目 しんどいところは一つもない?
秦 いえ、最後の最後、歌詞をのせていく時は苦しくなります。落とし前をつけなきゃいけないので。
作り手とファンを繋ぐ「作品」
万城目 作る過程では共通点がありますが、リリース後は事情が違いますよね。実は僕、自分の作ったものをファンと共有できる「音楽」というジャンルが、ちょっとうらやましいんです。小説の場合、書き上げてから実際に本になるまでにタイムラグがあります。だから、本が出る頃には自分の中ではもう「過去の作品」になってしまっている。その上、ファンと分かち合えるものが少ない。たとえば、『鹿男あをによし』を読んだ方々から、「奈良公園に行ったら、鹿が話しかけてくれるような気がしました」という感想をもらったとします。その方は物語を現場に投影して、楽しんでくださっている。だけど、僕がそのイメージを共有することはできない。僕の中では、物語を書く前の、何もない奈良公園のイメージがずっと生きたままです。現実の場所に、自分の作品で着いた色を重ねることはできないというか。
秦 そうなんですか。確かに僕も滋賀県に行った時には、「おお、ここが『偉大なる、しゅららぼん』の!」なんて思いましたからね。乗ったタクシーの運転手さんに「こんな地名はありますか?」と尋ねたら、「いや、聞いたことないな」と言われてしまって、「ええー! ないの!?」って。騙されていました(笑)。
万城目 そういう話を聞くと、本当にうらやましいわけです。作者だけが永遠に置いて行かれる感じがしてしまって。でも、歌は目に見えて共有できますからね。ライブでみんなと合唱したり。コピーやカバーで他人に歌ってもらえたらうれしいんじゃないですか?
秦 そうですね。だからこそ、曲からいろいろとイメージを広げてもらえるような余白を曲にこめておきたいとは思っています。
万城目 小説の場合は、カバーってないですからね。他人が勝手にアレンジして出したりしたら訴訟問題ですから(笑)。トリビュートはできますけど。
秦 なるほど。
万城目 ところで、ちょっと厚かましいことを聞いてもいいですか?
秦 なんでしょう?
万城目 もし、この作品の最後に秦さんが曲をつけるとしたら、どんな感じにされますか? 映画なんかのエンディング・シーンでテロップがダーッと流れていく、あそこに流す曲、というイメージで。
秦 そうですね……。僕なら結構派手な曲にしますね。テンポのあるロック風がいいかな。あのラストなら、バラードではなく、爽快な曲のほうが合いそうな気がします。
万城目 ああ、なんかうれしいです。それを聞けただけでも書いた甲斐がありました。
秦 先ほど、従来のテイストを活かしつつ、新たなプラスαをという話が出ましたが、万城目さんは今回の作品でそれを果たされたのだと思います。万城目作品にある独特の読後感は今回も味わえる一方で、さらに新しい感覚ももらえました。また、今までにない展開には本当に驚きました。こんなに素晴らしい新作は、ファンにとって最高の出会いだと思うんです。だから、僕と同じ万城目ファンのみなさんには、発売日にこぞって書店に行ってほしいですね。
万城目 ありがとうございます! ありがとうございます! ありがとうございます! 3回言うぐらいありがとうございます!
取材・文=門賀美央子 写真=キムラタカヒロ
ヘアメイク=西田裕美子 スタイリング=九(Yolken)