もし“触り心地”がなくなったらどうなる? 触覚が思考に与える影響とは? 知られざる触覚の世界
公開日:2016/4/8
もしも目が見えなくなってしまったら…と考えると恐くなる。目を閉じることで想像することができるのだが、触覚はどうだろう? 意志にかかわらず常に感じているものなので、体のどこかが何かに触れていたってそれをいちいち意識することもない。おそらく五感の中で最もなくなることを想像できない感覚なのではないだろうか。
『触楽入門 はじめて世界に触れるときのように』(テクタイル 仲谷正史、筧 康明、三原聡一郎、南澤孝太/朝日出版社)は、触覚と身体感覚に関わる技術の研究・開発や、その活用法の提案に携わる4人の研究者が、触れることのおもしろさを紹介。50種類以上もある錯覚、触覚が作る思考など、最先端の触覚テクノロジーをわかりやすく解説してくれる。本書を読むと触覚がいかに重要な感覚であるかを知ることができる。
触覚はあまりにも当たり前のものだから、そもそも失うという状況が起こりうるのかと思いきや、脳卒中が脳の体性感覚野で起きると左半身もしくは右半身の触覚が失われるらしい。右半身の触覚を失ったある患者は、右手で紙のように軽いものを持ち上げようとしても力を込め過ぎて壊したり、手から放すことができなくなったり、日常動作がぎこちなくなってしまい、一秒たりとも気を許すことができなくなったと訴える。自分自身であるはずなのに制御がきかないなんてどれほど歯がゆく感じるだろうか。著者は「世界そのものの電源が切れてしまって、どんなものも反応を返すのをやめてしまった」状態と推測する。
そんな触覚は、実は五感の中で最も早くに発達する感覚。生後数日の赤ちゃんの反応を調べるために「光を見せたとき」「音を聞かせたとき」「指に振動を与えたとき」の脳活動を計測した実験では、触覚刺激を与えたときに最も広い領域で反応している。それは、成人が触覚を処理する感覚野を越えて、周辺領域や聴覚野まで広がっていたという。確かに赤ちゃんはなんでも触りたがる。人差し指を差し出すと手のひらでぎゅっと握って、なかなか放してくれない。生まれてすぐの頃は、見たり聞いたりすることもよりも、触れることで世界を認識し学習することの方が多いのだ。
さらに最近、思考が触覚で左右されることが明らかになっている。2010年のイェール大学の研究で、被験者に知らない人の写真を見せ、人格を評価してもらうという実験が行われた。被験者は2つのグループに分けられ、片方のグループにはホットコーヒーを、もう片方のグループにはアイスコーヒーが渡される。すると、ホットコーヒーを渡された方が、写真に写った人を「あたたかい人」だと判断する割合が高くなる結果が出たという。
かのアリストテレスも五感の中で触覚を重要視し、「感覚のうちの第一のものとしてすべての動物にそなわる」としている。高度に情報化された現代においては、キーボードに触れると視覚や聴覚を通しデータとして受け取れるものが増えた。触覚のありがたみをますます感じにくくなっている。触れることで得る情報の豊かさを再認識すれば、世界はもっと広がるかもしれない。
文=林らいみ