どう「母の呪縛」から逃れるか?東 小雪×ヤマダカナン 対談(前編)
更新日:2016/5/2
義父からの性虐待の記憶をコミックエッセイ『母になるのがおそろしい』に描いたヤマダカナンさん。同じく実父からの性虐待を受けて育ち、パートナー・増原裕子さんとの共著『女どうしで子どもを産むことにしました』(すぎやま えみこ:漫画)を上梓したLGBTアクティビストの東小雪さん。日本では公に語ることがタブーとされる黒い影の記憶をさらけ出し、多くの女性たちの痛みを代弁してくれている2人が、あえて「書く」ことで見えてきたこととは? 全女性必読の特別対談をお届けします。
「遺伝子」か「育てられ方」か
ヤマダ:小雪さんの本を読んで、普通の男女でも子供を持つことには悩むし、それが女同士だと余計だろうなと思いました。てっきりどちらか一人が産むのかと思ったら、お2人とも希望されてるんですよね。
東:もちろん一人だけ産むというレズビアンカップルも、子供を持つことを望まない人たちもいます。でも、私たちは2人とも欲しいと思っていて。
ヤマダ:それはどうしてなんですか?
東:うーん。「どうして子供が欲しいんですか?」ってよく聞かれるんですけど、その「どうして」っていう部分はきっと異性愛の人と変わらないと思うんですよね。私の場合、パートナーがたまたま女性だというだけで、シングルでも欲しいという人もいますから。子供を持ちたいという気持ちにセクシュアリティは関係ないのではないかと思います。
ヤマダ:じゃあ、「相手の子供」を育てたいというわけじゃなく、「自分の子供」も育てたいわけですね。小雪さんは、自分の遺伝子を残すのってこわくないですか?
東:ヤマダさんの漫画の中にも「血」っていう表現がありましたよね。子供についてパートナーとちゃんと話すようになってから2年以上になるんですが、私自身もその前から漠然と「遺伝子」や「血」について考えていました。だんだん鏡を見ると、母親に顔が似てくるんですよ(笑)!
ヤマダ:私も!顔に限らず、何かの時にフッと。
東:そう。怒り方だったり、喋り方だったり。顔の造りや爪の形は遺伝子かもしれないけれど、言動というのは「育てられ方」に影響されるのではないかと思います。だから生物学的なつながりなのか、関係性・育てられ方なのか、永遠の議論になっちゃいますよね。血がつながらなくても、愛情をもってお子さんを育てられている家族にお会いすると、血のつながりだけじゃないと思う一方で、鏡をみると母そっくりの自分…みたいな。なかなか切り離せないんですよね。ただこわいかどうかでいえば、私としては育てられ方が連鎖すると思っているのでそんなには感じないんです。
ヤマダ:私も「育てられ方」だと思っていたんですが、この頃「結構、遺伝子って強い」と思うようになったんです。うちの子は教えてもいないのに「布団の隅がきちんとしてないとイヤだ
とか神経質なんですが、実はそれを私もやっていたようで、教えてないのにやるというのはやっぱり遺伝子かもって。私みたいにはなってほしくないからなんとか変えたいと思ってるんですけど。
愛されなかった記憶
東:ヤマダさんの漫画に友人の家で、親御さんに愛されている子供の姿を見た時に「ぽか〜ん」とするシーンがありますよね。まさに私もそうなんですよ。「そうか、世の中にはこんなに愛されている子がいるんだ」とわかった瞬間に、どうしていいかわからなくなっちゃう。
ヤマダ:ちょっと話がズレるようですけど、子育て中って結構傷つくんですよ。自分の息子もですが、保育園で習い事やおもちゃに恵まれて手をかけてもらっている子を見ると、「ああ、私はそういうことされなかった…」って自分の過去を目の当たりにしてすごく辛くなるときがあるんです。もちろん、親にお金もなかったし無理だったことはわかってるんですが、もっと生々しいというか「なんで私はやさしくされなかったんだろう」って気持ちが湧いてくるんです。
東:親も大変だっただろうと大人として思いをはせることはできるけれども、小さい子が愛されている姿を見るときは、自分の幼い頃の感覚で見てしまうんですよね…。まだ実際の子育てについては想像でしかないですけど、虐待を受けて育った女性が愛されている子供を見た時に「自分はそうされなかった」という記憶がよみがえったときは辛いし、場合によっては追いつめられて子供への加害に繋がることもあると聞きます。私もヤマダさんも「書く」ことで向き合ってそれを乗り越えようとしてるわけですが、蓋をしたままになっていたらどっかでワーッと出て来てしまうかもしれない。
ヤマダ:確かに私は漫画があるから、なんとかやっていける部分があって…。もしなかったら、私も息子を殴っていたかもしれません。
東:私の家族は、2008年に父が他界して、50代の母がひとりで金沢に住んでいます。4年前に結婚式に来てほしいと伝えたら、「お父さんからの性虐待をなかったことにするならお金も出すし、出席もする」と言われてしまって。すごくショックでしたが「なかったことにする」ことは絶対にできないと思い、母は式にも出席しませんでしたし、それ以降は連絡もとっていません。すごく辛かったですね。著書を送っても、私がテレビや新聞に出てもなんの反応もありません。それでも以前は、仕事をするたびに「お母さん、見たかな?」と思ってしまう私がいて、それも辛かったです。ヤマダさんは、お母様にお会いになってるんですよね?
ヤマダ:実はまた揉めてしまって、たまにメールするくらいなんです。本は送って「私の記憶で書いたから事実と違うことがあるかもしれないけど、私は当時こんなふうに思っていたというのを好き勝手に書かせてもらいました、できれば感想をください」って伝えたら、「ちょっと時間をください」みたいな返事が来ましたね。子供を産んだばかりのときは母への感謝もあったんですが、再び揉めたらまたモヤモヤがでてきました。
どう「母の呪縛」から逃れるか?
東: 実はつい最近まで少し難しそうな本を読もうとすると「あんたにはそれは読めないよ」という母の声が頭で鳴っていたんです。母に呪縛するつもりがあったかどうかはわかりませんが、その呪縛が私の成長を妨げていたんです。少しずつ母から脱せるようになってきて、本も気にせず読めるようになりましたが。そういう呪縛に気がついて少しずつ手放していけると、生きやすくなっていくのかなと思います。
ヤマダ:よく毒親関係の本って「いかにして親をゆるすか」がテーマになりがちですけど、私は別にゆるさなくていいと思うんです。「ゆるさなきゃ」と思うと追いつめられて、「ゆるせない自分」を責めることもあるだろうし。だから私には母をゆるす気持ちもなければ、謝ってほしいという気持ちもないんです。ただ、ある程度の距離をとって静かに暮らしていきたいという感じで。
東:私の場合、カウンセリングを通じて、この1年くらいで「母との泥仕合から降りよう」と思えるようになってきたんです。「ゆるす」と繋がるかわかりませんが、最近は母がそんなに気にならなくなってきました。遠くで生活してるけれど、そこそこ元気でそこそこ幸せでいてくれたらいいなと思うくらいの心の距離感がとれるようになってきましたね。
ヤマダ:しんどい人は無理してゆるさなくていいと思いますよ。とはいえ、やっぱり子育て中には、母のことを思い出したりすることはあるんですよね。でも本人とつきあうとしんどくなっちゃうんで、ある程度距離をおくのがいいし、1年に1度くらいでちょうどいいかなと。
東:「ゆるす」ってすごく難しいですよね。以前、臨床心理士の信田さよ子先生から「脱親」という言葉を教えていただいたんですが、「ゆるす、ゆるさない」は感情的に処理が難しい作業だけど、「親を脱する
ようにしていけば生きやすくなるのではないかと。今、私も少しずつ、親や自分の原家族を脱しつつあるのかな、と思います。それですごく自分の生きる力を取り戻すことになっているし、完全にできたとは思いませんが、少しずつ変わってきていると思いますね。
大事なのは「自己肯定感」
ヤマダ:私は自分のことを好きになったことがないんです。小雪さんはあります?
東: 最近はいいところもあるなあ、とは思います(笑)。
ヤマダ:「ヤマダカナン」としての私は好きなんです。ちゃんと〆切守るとか、がんばってるし(笑)。でも、本名の「ヤマダ○○」としての私は好きじゃないっていうのがあるんですよね。子供を産むのをためらったのも、子供を産むとヤマダ○○としての私をどうしてもいっぱい出さなくてはならないだろうと思ったからなんですよね。
東:実際は産んでみてどうでしたか?
ヤマダ: 最初は辛かったです。なかなか仕事の時間がとれないので。ヤマダカナンの私がどんどん小さくなってしまって。でも子供がだんだん大きくなってくると私を求めてくれるので、承認欲求じゃないですが、そういう気持ちに満たされて自然とヤマダ○○の自分を受け入れられた感はあります。
東:私は30代になったときに、大きな節目を迎えたような気がするんですよね。年齢の区切りでしかないんですが、自分の中では変わったんです。実は30歳になったときにパートナーのひろこさんがパーティをしてくれて、ひろこさんのご両親や友人、LGBTの仲間とかたくさんの人にお祝いしてもらったんです。そのときに「こんなに愛されてるんだ、愛されていいんだ」と思ったことは大きかったかもしれません。
ヤマダ: やっぱり「自己肯定感」みたいなのを得るって本当に大事ですよね。私はもともとそれがなかったから、それがあれば何かつらいことがあっても大丈夫だと思う。
東:私たちはそれをたたき壊されてるわけですからね(笑)。取り戻そうと思っても、そう簡単に取り戻せるもんじゃない。
ヤマダ:ほんとですよね。だから子供には自己肯定感を持ってもらうのが課題なんです。なるべくほめて、成功体験をつませながら育てるとかいろいろ聞くので、今、まさに悩みながらやっているところなんです。
心の痛みをさらけ出しながら、それでもたくましく生きるふたりの女性。このあとさらに「子は親のエゴか」「性虐待のタブー」など、さらにディープな話題に続きます。お楽しみに。
取材・文=荒井理恵
「母のような母になるのがこわい…」そう気づいたのは、出産を意識した結婚3年目の春だった。そしてよみがえる、幼少時の暗い記憶…。男性依存の母をもち、義父からわいせつ行為を受け、苦しむ日々…。大人になっても影を落とす黒い記憶から解放されるまでを描く渾身のノンフィクションコミックエッセイ。ダ・ヴィンチニュース連載から新たに75ページを追加。
TDL挙式で注目を集めたレズビアンカップル、小雪とひろこ。家族になったふたりは、もうひとり(ふたり?)「新しい家族」を迎え入れることを決めました。わからないことだらけの、女どうしの妊活がスタート!しかしその道は、イバラだらけでありまして……。新しい家族のカタチをもとめる女ふたりの道程を描くコミックエッセイ。