本ではなく「人」を貸す図書館も! 自宅より居心地のいい町の図書館に人が集まる仕組みとは?
更新日:2016/5/11
町の図書館といえば、書架と机が整然と並んでいて、本や雑誌を無料で借りられる場所。そんなイメージが一般的な日本の図書館の常識をひっくり返す、『拝啓 市長さま、こんな図書館をつくりましょう』(みすず書房)が発売された。著者は、図書館計画アドバイザーとしてヨーロッパを中心に活動しているアントネッラ・アンニョリ氏。図書館の多様性と可能性を明らかにした『知の広場 図書館と自由』の第2弾だ。
図書館先進国アメリカの公共図書館の大半は、就職支援、セミナー、イベント、公共福祉の相談窓口など各種サービス機能が充実している。さらに現在、アメリカの“すべての図書館”に無料で利用できるインターネット環境があり、失業者や若者が求人募集の閲覧や応募、補助金の申請などもできるという。
インターネットで生活のすべてが事足りる時代は、裏を返せば、パソコンやスマホが使えない貧困層や高齢者が社会的に排除されている時代である。そのため、誰でも自由に使える図書館のインターネット環境は、著者の言葉を借りれば「公共福祉の一つであり、市民の基本的人権の一つ」なのだ。
一方、ヨーロッパでも、古い図書館や廃工場が、便利で居心地のいい人が集まる図書館に生まれ変わり、新しい図書館の建築が相次いでいる。
ここ20年で急速に進んだデジタル革命がつくりだしたのは、すべての情報が過剰かつスピーディーなバーチャル世界。朝起きた瞬間から、インターネット上の情報のジャングルを覗いていれば、確かに知識は増えるだろう。しかしそのぶん、生身の人間と触れ合い、語り合う時間が減り、精神的な孤独を感じている人は多いのではないだろうか?
欧米の図書館には、そんな現代人が孤独から逃れるコミュニティスペースがある。ソファや庭、テラス、カフェテリアがあり、読書サークルの集まりや、チェスや生け花など同じ趣味を持つ人々のためのワークショップが開かれている。
なかでも面白いと思ったのは、デンマーク発祥で、イタリア小都市の図書館でもはじまっている、本ではなく人を「借り」て話を聞くことができるサービスだ。貸出の対象となるのは、移民、ホームレス、トランスセクシャル、レズビアンなど。市民が、さまざまな価値観や経験をリアルな出会いを通じて共有することで人種差別をなくし、どんな人にも居場所があることを示している画期的な試みと言えるだろう。
海外の図書館が、自宅よりも楽しくて居心地がいい空間になっていることは、本書に掲載されている写真を見てもよくわかる。
階段に座り 、床や空中ベッドに寝転んで読書している人たち。イグルーや繭のかたちをした隠れ家のような読書スペースや、広場に小さなステージがある図書館。館内のゲームコーナーで、Wiiに夢中になっている子ども、トランプをしている若者、グループで編み物を楽しんでいるご婦人方もいる。
日本でも、いくつかの大学図書館は時代の波に乗っている。本書でも紹介されている明治大学の図書館は、カフェやギャラリーが併設され、さまざまなニーズに対応するきめ細かな設計で、毎日多くの学生や市民で賑わっている。2014年度グッドデザイン賞を受賞した、24時間開館している秋田の国際教養大学の図書館も、メディアで多数取り上げられたほど有名だ。
公共図書館にも、地域コミュニティの場としての役割を担うところは増えてきているが、まだまだ市民の生活に浸透はしていない。新しい図書館と言えるのは、蔦屋書店とコラボした佐賀県の武雄図書館や、市民との協働でつくりあげられた伊万里市民図書館、島根県隠岐郡海士町の島まるごと図書館構想ぐらいだろう。
はたして、日本の図書館に未来はあるのか? 政治、経済、文化も引っくるめて深く考えさせられる一冊だ。
文=樺山美夏