女子には"開脚したい欲"がある? 思ったより他人は助けてくれない? ジェーン・スーと名物書店員が"自意識の闇"に迫る!
更新日:2016/10/11
コラムニストのジェーン・スーが三省堂書店池袋本店の名物書店員・新井さんと、打ち合わせなしのフリートークイベント〈ジェーン・スーさん新井ナイト〉を開催。最新刊『女の甲冑、着たり脱いだり毎日が戦なり。』(文藝春秋)を中心に、最近のベストセラーから女の自意識まで、話題は縦横無尽に展開された。打ち合わせなしだったとは思えないほど、自意識の深層部まで切り込んだイベントの一部をレポート。
女子の「開脚したい欲」
ジェーン・スーさん(以下、ジ) 新井さんは三省堂書池袋本店の名物書店員なんですが、主にどんな業務をしているんですか。
新井さん(以下、新) 文芸書を仕入れたり売ったり。お客様とこの本がどれだけ面白いのかずっと話していたいんですが、そうもいかないので。
ジ 以前、新井さんが『ジェーン・スー 生活は踊る』(TBSラジオ)にゲスト出演してくれたとき『つくおき 週末まとめて作り置きレシピ』という本を紹介してくれたんですよ。週末に1週間分のおかずを作っておけば、それは便利なんでしょうけど、それより「土日に来週の仕込みを終えている自分」っていうのが値千金なわけでしょ。私の『女の甲冑〜』でも書いんたんですが、どうしても“ていねいな暮らし”というのができない。最近はどんな本が売れています?
新 『どんなに体がかたい人でもベターッと開脚できるようになるすごい方法』ですね。
ジ 大人になって開脚する必要はないけど、子供の頃は憧れましたよね。バレエを習っている子はペタッと開脚できたりして。
新 私は開脚できますよ。家系的にみんなできる。
ジ 骨盤問題ね。本、関係ないじゃん! でも、この本は着眼点がいい。筋力アップでもダイエットでもなく開脚。女子には潜在的に「開脚してみたい欲」があるんですよ。パーっと開脚できたら、上等な人間になれるような気がするっていう。
コンプレックス解消=没個性化?
ジ 実は『女の甲冑~』の発売日に、ここに来たんですよ。コーナーを作っていただいていて、それを見てニヤニヤして帰りました。そこには私の写真も大きく貼ってあったんですけど、なんせ奇跡の一枚だから誰も気付かず(笑)。
新 私、ジェーンさんの鼻のラインが好きなんですよ。
ジ 子供の頃は、もっと低くてコンプレックスでした。
新 実は、鼻筋にヒアルロン酸を入れたことがあって。でも、全く誰にも気付かれることなく、体に吸収されて終わりました。
ジ 自分の鼻の先が何ミリか高くなったところで、他の人にとってはどうでもいいことなんですよね。でも自分からしたら、その数ミリで毎日がどれだけ楽しく暮らせるか。そういうことの連続です。「ここさえなければ」を隠すために装着するのが“女の甲冑”ってことですが、他にトライした“甲冑”ってあります?
新 鼻筋にハイライトを…。
ジ どうしても鼻なのね! 一貫性はあるけれど。
新 鼻筋にハイライトって無理があるんですよね。どうしても不自然になって。
ジ やりすぎると、コントのメイクみたいになりますよね。昔、チケットのもぎりの仕事をしたことがあるんですけど、一度にたくさんの人の顔を見ると、来場者の顔の平均値が取れるんですよ。それでパーツ、ポジションが平均に近い人が“美人”と呼ばれるんだと体感でわかる。でもそれって没個性とも言えるんじゃないかと。私も甲冑を着たり脱いだりしているけれど、果たして自分の理想通りに満たされていくことは、たった一人しかいない自分を作りあげていくことなのか、ということを最近考えていますね。
思ったより他人は助けてくれない
新 スーさんならコンプレックスも本のネタになるけれど、そうじゃない人は悩み続けます。誰かがそういう自分を肯定してくれればいいけれど、そういう人がいない場合はどうしたらいいんでしょう。
ジ 自分で自分を肯定しても、それはそれで虚しさが残るんですよね。2016年にわざわざ言うことじゃないですけど、インターネット時代になって、入ってくる情報を自分で編集できるようになりました。そこに自己バイアスがかるようになって。
新 全部知った気になっても、実はニュースを選んでいますよね。
ジ コンプレックスも強い磁石のようなもので、わざわざコンプレックスを刺激することを引き寄せるんですよ。例えば、老けていることを気にしていたら、同世代の中で、自分より若く見える人ばかりに目が向く。「自分は老けている」という思い込みが強くなっているところで、ニュースの取捨選択をすると、内側と外側から自演自作で自己補強して、最終的に「自分はダメで、悪いのは社会」となることも。被害者の立場になると、周囲が加害者だらけになって、被害者のポジションから抜け出せなくなる。そんな自分を肯定してくれる人っていないんですよね。
新 思ったより他人は助けてくれないですよね。
ジ 「思いがけない場面で助けてくれて嬉しい」ということはあっても、こっちが期待していた感じではないですよね。欲しいところで「そんなことないよ」が来ない。中年になると折り合いがついてくるけれど、男女ともに20代から30代の前半くらいまでは、精神的にキツイ時期です。
新 私は体重の増減が激しくて、20代の頃は、体重以上に太って見えるという妄想に取り付かれていたことがあったんですね。
ジ その年代は自分を客観視しにくいかもしれませんね。でも、その先に行くと、思っていたよりも他人が自分を見てないことに気がつくんですよ。よくドラマで「昨日と同じスーツを着ているとバレちゃう」という台詞があるけれど、他人はそんなに自分のことを見ていない。
「赤い口紅が似合わない」問題
ジ 前回の本『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』は、積年の思いを熱々の“あんかけ”にして読者にぶっかけるようなことをしたんですけど、今回の『女の甲冑〜』は、各論として整理してみたんですね。そうしたら、面白いことに、ずっと“心のささくれ”だったことが気にならなくなった。コンプレックスがあると、それを軽々とこなしている人が無神経に見えるんですよ。「どうせ、ああいう奴らは」と思うことで自分を避難させる。この本で言うと「赤い口紅が似合わない」コンプレックスがあって、似合う人を見かけると「あの人は唇の形がいいから」と理由付けしたり。でも、野宮真貴さんのおかげで「赤い口紅が似合わない自分」を克服したら、コンプレックスの“磁石”の力が弱まった。でも、それはある種の起爆剤となる個性を手放すことにもなるのかもしれない。
新 私からしたら、スーさんは赤い口紅が似合う顔だと思っていたけど。
ジ そういうことが自分ではわからないんだよね。
終演後、ジェーン・スーさんを直撃すると「何の打ち合わせもなかったので、どうなるかと思ったんですが、新井さんとは何度かお手合わせしているんで、楽しく話せました。『女の甲冑~』の初版が出たのは5月ですが、今回のような“夜回り”を今後も続けていくので、末永く皆さんに読んでいただけたら」とのこと。コンプレックス問題に思い当たる節があるなら、本書を手にとってみてはいかがだろうか。
取材・文=松田美保