全国の書店員が絶賛! 樹木医と植物に取り憑かれた人々が紡ぐ、せつなくて美しいボタニカルミステリー
更新日:2017/11/15
つらく悲しい現実に自分の心が凹んでしまった時、その心の穴を埋めるのは何も別の人間の存在だけに限らないだろう。たとえば、植物は、疲れた人間の心に寄り添い、癒しを与えてくれる。もの言わぬ植物の存在だからこそ、心が救われることもある。だが、この物語のなかの植物は、人に寄り添うだけに留まらず、人間の心に人に取り憑き、その人の心に巣食っている。
有間カオル著『ボタニカル』(今日マチ子:イラスト/一迅社)は、樹木医と植物に取り憑かれた人々が紡ぐ、せつなくて、あたたかくて、すこしこわい、植物ミステリー。有間カオル氏といえば、2009年、電撃小説大賞の一部門として新設された「メディアワークス文庫賞」の最初の受賞作『太陽のあくび』の作者であり、「招き猫神社のテンテコ舞いな日々」シリーズなどで知られるが、この最新作も、魅力的なキャラクターたちが登場。だが、この作品は、どの作品よりもずっとミステリアスで、胸が締め付けられるような内容だ。植物のお医者さん“樹木医”として働く主人公の前に現れる、“植物寄生病”、通称・“ボタニカル病”の患者たち。植物におびやかされると同時に生かされているその姿は、あまりにも切ない。
主人公は、雨宮芙蓉。父親の後を継ぐように樹木医となった彼女は、心療内科医・朝比奈匡助に頼られ、ボタニカル病の患者にかかわることとなる。感情が高まると、梅の花を吐く女子高生。雨の日になると山荷葉の花のように透明になって必ず迷子になる少年。百年に一度花を咲かせる竜舌蘭の開花を待つおばあさん。身体の自由を奪う程、沙羅双樹の枝葉やツボミで全身をおおわれた末期ガン患者…。この奇病を治す方法はあるのか。芙蓉は朝比奈とともに、患者の抱えた悩みを解き明かし、病を治す手だてを探そうとする。
芙蓉と朝比奈のやりとりは微笑ましい。患者に勝手に自分のことを紹介する朝比奈を芙蓉は嫌がっているが、なんだかんだ朝比奈のことを頼りにし、尊敬もしている。朝比奈にとっても、芙蓉の存在はかけがえのないものであるに違いない。だが、お互い近づこうとしないその距離感が歯がゆい。ボタニカル病患者とかかわるなかで彼らの関係はどう変化していくのだろうか。
不可解な奇病には、患者それぞれ、病に冒された原因がある。それはすべて、患者たち自身が抱える悩みから生じているのだろう。一般的に、病気は人を不幸にするものだが、ボタニカル病患者に限っては、そうとも言い切れないのかもしれない。心に寄生する植物は、悩みを抱えた人間たちの欠けた心を補っている。植物が人に寄生をするのは、植物が望んだからなのか、人間が望んだからなのか。“寄生”というよりも、“共存”といったほうが的確に感じるほど、患者たちは、植物とともに生活を送っている。
ボタニカル病などという奇病は、現実には存在しえないのだろうが、日常に悩みを抱えがちな自分の身を振り返ると、誰もが「いつか自分もそんな病にかかってしまうのではないか」などと妄想しては、背筋が寒くなってしまう。そして、クライマックスに近づくにつれて、いつの間にか自分たちも植物に惑わされていたことに気づかされるのだ。
この驚きを、この衝撃をぜひ体感してほしい。植物を愛する人も、そうでもない人も、ふと、日常に悩み、切ない気分に浸りたい時、この本を手にとってほしい。この本の中にこそ、あなたの欠けた心を埋める何かがあるに違いない。
文=アサトーミナミ