ボカロ業界のリアルを描く、ボカロ愛にあふれたボカロ小説『ボカロは衰退しました?』
更新日:2017/11/15
「ボカロはオワコン」と揶揄され続けて早数年、現在もボカロ人気は衰え知らずだ。ニコニコ動画やYouTubeなどの動画投稿サイトでは、毎日のようにボカロPたちの新曲がアップされているし、カラオケでも中高生の若い世代を中心に歌われている。ついには昨年のNHK紅白歌合戦で、黒うさPの名曲『千本桜』が小林幸子とコラボして話題になった。しかしボカロ人気は本当にこのまま続いていくのだろうか。
『ボカロは衰退しました?』(石沢克宜/PHP研究所)は、『ココロ』『秘密警察』『東京電脳探偵団』『未来景イノセンス』『リモコン』等のボカロ小説シリーズを手がけた作家・石沢克宜のオリジナル短編集。ファンにとってはショッキングなタイトルかもしれないが、ストーリーはどれもボカロ愛にあふれた物語になっている。長年、ボカロ文化を見つめてきた作者ならではのボカロ業界のリアルな光と闇と描いたこの1冊から、ボカロ人気について考えてみる。
まず第1話「ボカロを探して2000年」は、こんなあらすじだ。
失恋の痛手を引きずる女子高生・優空は、2000年後の未来からやってきた青年ハニマと出会う。ハニマによれば、すべてのものが効率化され、無駄のない社会を実現した未来には、音楽が存在せず、人々は絶望を抱えて生きているのだという。ハニマは、歴史上で最も偉大なアーティストと言われた「初音ミク」という女性を探し、音楽を未来に持ち帰るため過去にやってきた。「初音ミク」が架空の存在と知って落胆するハニマだが、音楽のあふれる現代に感激する。「初音ミク」のソフトを手に入れたハニマと優空は、作曲を通じて音楽の楽しさに触れていく。
「音楽に未来を変える力があるのか」と問いかける優空に、ハニマはこう答える。
「一つ一つの音楽に救いがあるわけじゃない。でも、大事なのは、そういう小さい希望の欠片を集めることなんだよ。どんな苦境でも未来に希望さえあれば、人は生きていける」
確かに辛いとき、苦しいとき、少しでも現実を忘れて音楽の世界に浸れれば、ちょっとだけ気持ちが楽になる。また音楽を聞きたいと思えれば、立ち上がって前を向いて歩き出す原動力になる。それはほんの僅かなものかもしれないが、100人、1000人……と積み上げていけば膨大な希望のエネルギーになる。窮屈で生き難い現代社会だからこそ、誰でも気軽に音楽を楽しめるボカロという音楽が受け入れられたのかもしれない。
表題になっている短編「ボカロは衰退しました?」では、ボカロに携わる業界人の視点で描かれる。
CDがさっぱり売れずに売上げが先細りする音楽レコード会社のディレクター・山辺は、アンドロイドの身体と人工知能を持つ開発中のボーカルドロイド「深音ミノン」の歌声に惹かれた。山辺の提案で、会社もダメ元で「深音ミノン」をプロデュースしたところネット上で火がつきたちまち大ヒット。デビューCDは10万枚を突破し、ライブも満員御礼、グッズは飛ぶように売れ、それまで見向きもしなかった他のレコード会社も次々と真似し始める。しかし新しいアイドルユニットが登場すると、それまで熱狂していたファンたちはあっという間に乗り換えて離れていってしまう。
すべてを失った山辺はボーカルドロイド開発者の海老原に愚痴る。
「ボカロは衰退しちゃったんですかね……」
「……衰退したのは、我々の気持ちじゃないんですかね」
ボカロはファンが歌手であると信じ続けるからこそ存在できる。しかし信じるには気力がいる。疲れを知らずに走り続けられるボカロとは違い、人間の気力には限界がある。ボカロと共に流行を追い続けて、ふとファンでいる気持ちを見失ってしまったとき、その人はファンとしてオワコンになってしまうのだろう。いなくなるファンよりも多くのファンを新しく獲得し続けることが、ボカロ人気を衰退させない方法かもしれない。
本著を読むとボカロ人気には、まだまだ多くの問題点を抱えていることが浮き彫りになってくる。ただ流行のきっかけとなった「初音ミク」が発売されたのは、2007年8月31日。まだ10年も経っていない若い音楽文化なのだ。新時代の音楽として根付くのか、それとも一過性の流行で終わるのか。異なる意見や主張があるのも当然だろう。ここは結論を急がずに、好きな曲でも聞きながら気長に見守っていく気持ちを持ちたい。
文=愛咲優詩